最新鋭の電気自動車で常に時代をリードし続ける、米テスラ社。そのテスラが英国で新たなビジネスプランを実現させるために動き始めたようです。メルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で、実際にテスラを愛用する世界的エンジニアの中島聡さんは、テスラの全く新しい「電気」ビジネスを紹介。家庭の電気代が約10年で元が取れるという、世界を大きく変えるイノベーションの中身とは?
※本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年11月3日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ブロガー、起業家、ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)、MBA(ワシントン大学)。 NTT通信研究所、マイクロソフト日本法人、マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発に携わっている。
テスラの電力部門が英国でVirtual Power Plantサービスをスタート
● Tesla launches its UK Energy Plan, hints at upcoming Virtual Power Plant project
テスラの電力部門が、英国で「Virtual Power Plantサービス」をスタートする、という報道です。
テスラが Virtual Power Plant向けの研究開発を長年行って来たことは、私のようなテスラウォッチャーには常識です。電気自動車や自動運転と比べると、直感的に理解しにくい話なので、あまり話題にはなりませんが、世界を大きく変えるイノベーションの一つとして、注目すべきです。
太陽光や風力のように出力が安定しない再生可能エネルギーによる発電が増えると、需要と供給のミスマッチにより、電力のスポット価格が大きく変動するし、場合によっては、電源網が不安定化して、大規模停電が起きてしまうことは良く知られています。
テスラの大規模蓄電施設は、そんな電力会社のニーズに応えるための製品です。十分な蓄電能力があれば、供給過多で値段が安い時に電力を購入して蓄電池に貯めておき、需要が高まった時に、高い価格で売ることが可能です。しかし、大規模な投資が必要なため、導入は簡単ではありません。
そこでテスラの技術者たちが考えたのは、各家庭に設置したパワーウォール(もしくはテスラ車)のリチウムイオン電池を仮想的に繋げて、電源網に対する蓄電施設として使おう、というアイデアです。
なんと言っても素晴らしいのはビジネスプランです。
英国で、テスラから電力を購入したい人は、テスラのパワーウォールを自宅に設置する必要があります。これまで、パワーウォールは、停電時のバックアップ電源として販売されて来ましたが、これからは「電気代を安くする」ための道具として販売されることになるのです。
テスラから電力を購入すると、月々の基本料金が無料になる上に、1kWh あたりの値段が2~3割安くなるため、全体では半額以下になると試算されています。その恩恵を受けるためには、パワーウォールを設置する必要がありますが、約10年で元が取れる計算になるそうです。
テスラは、契約している家庭に設置してあるパワーウォールを蓄電施設として利用し、電力の安い時には購入して蓄積し、電力が高い時に取り出して売却することにより、その差分で利益を上げるのです。パワーウォールを提供している消費者は、安い時の価格(パワーウォールだけを持っている人は1kWh あたり11ペンス、テスラ車も持っている人は 1kWh あたり8ペンスとは)で電力を入手できるので、テスラと顧客の間に win-win の関係が生まれるのです。
ちなみに、8ペンスは日本円に直すと 10.8 円で、東京電力の価格 1kWh あたり 19.88 円(最初の120kWh、それを超過した分は 26.48円)と比べると大幅に安いことが分かります。
ちなみに、私の家には都市ガスで動く非常用発電機がありますが(シアトルは木が多いため、頻繁に停電になります)、10年以上前に購入したもので、そろそろ寿命なので、次はパワーウォールにしようと考えていたところです。もし、米国で同等のサービスが始まったら、喜んでテスラから電力購入したいと思います。
Next: 動いの遅いパナソニックへ投げた、イーロン・マスクの「牽制球」
テスラは、先日の Battery Day イベントで、より高性能な電池な “Biscuit Tin” と呼ばれる電池へのシフトを行うことをアナウンスしましたが(Elon Musk reveals new battery design with more range and less cost at Tesla Battery Day)、その時点では、テスラ自身が新しい電池を作ることになるという印象を受けた人が多いと思います。
● Tesla’s new battery cell is in development at Panasonic
しかし、この報道によると、パナソニックはあのイベントの直後から開発を初め、テスラ向けに “Biscuit Tin” を提供する体制を作る準備をしているとのことです。
実際にテスラとパナソニックの間でどんな話し合いが持たれたのかは不明ですが、テスラが重要な顧客であるパナソニックとしては、パートナーの地位を失いたくはないでしょうから、なんとしてでも新しい電池を作る立場に自分を置きたいと思うのは当然です。ひょっとすると、あのイベントは、動きの遅いパナソニックに対する、イーロン・マスクの牽制球だったのかも知れません。
ちなみに、あのイベントは期待されていた1 million mile battery (100万マイル走っても劣化しない電池)のアナウンスがなかったこともあり、あまり評判が良くなかったようですが、私は単にプレゼンのやり方の問題だと思います。
Tesmanianの「Tesla 3.25 Million-Mile Battery Could Already Be Here」によれば、テスラにとって1 million mile battery は十分に射程範囲内だそうです。それであれば、大風呂敷を広げるのが得意なイーロン・マスクが「2025年までに達成する」などと宣言しても不思議はありませんが、それをしなかったということは、
・解決しなければならない技術的課題がまだある
・株主に向けて調子の良いことばかりを言うことを今回は珍しく控えた
のどちらかだと思います。
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『週刊 Life is beautiful』(2020年11月3日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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