テロは貧困が原因ではないとするデータ

 

1)1882‐1938年にアフリカ系米国人黒人)が白人によるリンチにあった地域の分布と、経済的状況には相関関係がない。1990年代の米国とドイツにおけるヘイトクライム(人種等への偏見を明白な動機とする犯罪)の分布も同様である。

2)レバノンの政治・軍事組織ヒズボラの戦闘員は、1980‐90年代には支持母体であるシーア派住民の平均よりも学歴が高く、裕福な家庭の出身だった。

3)イスラエルとヨルダン川西岸地区で1987‐2002年に自爆攻撃を行ったパレスチナ人の貧困率は一般住民の半分で、学歴はかなり高かった。

4)1997‐2001年のテロ148について、テロリストの出身国を分析し、市民的自由の程度が同じ国々を比べると、1人当たりGDPテロリストの割合の間には関係がない

5)2003‐07年にイラクで米軍に拘束された外国人戦闘員311人は、1人当たりGDP比較的高い国の出身者が多かった。

パリ同時多発テロにしても、実行犯のうち2人はブリュッセルのバー店主、指揮官はブリュッセルの衣料品店経営者の息子で、中産階級出身だ。その点で、「テロリストの大半は、人生に絶望するほど貧しいのではなく、死をいとわないほど熱烈な信念のある人」だというクルーガー氏の結論にあてはまる。

ピケティ氏ら貧困原因論者はテロリスト志望者の流れ、いわばテロリズム労働市場の供給側を抑制することを主張している。

一方、クルーガー氏は、テロリストの志望動機はさまざまであり、解消することは不可能だとして、「テロ組織の資金力と技術力を弱め、政府に対する平和的な異議申し立ての手段を保護・推進することによって、暴力で不満を解決しようとする側の需要を抑制する」ことを提言している。

したがって、先進国・石油輸入国は、経済的不平等を中東にもたらしていることよりも、石油君主国とその援助を受ける独裁政権による、市民的自由の抑圧を可能にし、その面から過激派を助長していることに対する責任を自覚しなければならない、と言えよう。

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

(参考文献)
Facundo Alvaredo and Thomas Piketty, “Measuring Top Incomes and Inequality in the Middle East: Data Limitations and Illustration with the Case of Egypt,” Working Paper 832, The Economic Research Forum, Giza, Egypt, 2014年5月.
Alan Krueger, “What Makes a Terrorist,” The American, 2007年11月7日.
Alan Krueger and Jitka Maleckova, “Education, Poverty and Terrorism: Is There a Causal Connection?” Journal of Economic Perspectives 17(4):119‐44, 2003年秋号.
Thomas Piketty, “Le tout-securitaire ne suffira pas,” Le Monde, 2015年11月22日.

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NEWSを疑え!』第448号より一部抜粋

著者/小川和久
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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