さて、みなさんは、ジョージ・オーウェルという作家をご存知でしょうか? ジョージ・オーウェルといえば、なんといっても管理社会の恐怖を描いた『1984』や、共産主義社会を牧場の動物たちになぞらえて風刺した傑作『動物農場』など独特のテイストを持った小説の数々で知られる大文学者。
この大作家の作品群の中に、『ビルマの日々』という少々マイナーな作品があります。自分の体験を元にした小説であり、ここに登場するのが、植民地で警察となったイギリス人。
オーウェル自身も親がインドでアヘンを栽培していた関係から、生まれはインドであり、イギリスで学校を出たあとは再びインドに戻り、現地で警察官の訓練を受けた後に、実際にインド周辺の各地で警察官として赴任した経験があります。
ゾウが町中で暴れ、現地人に自分がそれを抑えるようにいわれて困惑した。というエピソードがこの作品の中に登場します。このエピソードこそ、オーウェル自身の体験と言われておりまして、イギリス人である彼は、現地の治安維持に責任を負っていました。
もちろん、ゾウの鎮圧などは危険なので絶対にやりたくない仕事。それでも「マスター」であるイギリス人として、彼はやりたくない仕事を押し付けられてしまうわけです。
この時にオーウェル自身が感じたのが、
「支配しているのに支配されている」
という不思議なパラドックスです。
植民地という「システム」の中では、インド人を支配している側である彼の立場は高いわけですが、ゾウが暴れるような事態に直面すると、なまじ「マスター」として責任があるために、逆に現地民からもその責任を負うように期待されてしまうのです。
本来は支配している側であるはずのイギリス人が、逆に、支配されている側のはずのインド人から責任を負わされて、まるで支配されているかのようなプレッシャーに遭遇する…。
ここではいわば、「支配関係のパラドックス」が生じてしまっているわけです。