便利じゃないけど昔は良かった。里山が救う「日本経済」と「人の心」

 

安心、安全な社会を築く

「1960年代に入るまでは、エネルギーは全部山から来ていたんです」と、中島さんは言う。裏山から薪(まき)を切り出し、風呂を沸かし御飯を炊く。山の炭焼き小屋で作られた木炭が、都市部の一般家庭でも使われていた。

今でも60代以上の人は、子供の頃に、都市部でも七輪でサンマを焼いたり、あんかの炭火で暖をとったり、田舎の祖父母の家に行けば、いろりで薪を燃やして、なべ料理をしたり、という光景を覚えているだろう。それはわずか半世紀前の事なのだ。

逆に言えば、ガス・ストーブで暖房したり、電気炊飯器で御飯を炊いたり、という生活スタイルは、わずか半世紀間に起こった変化でしかない。その結果として、我々の生活は大いに便利に快適になったが、その半面、グローバルな供給システムで上述したような大きな不安も抱え込むことになった。

木くずを利用したバイオマス発電は、地域分散型だけに他地域の経済、社会、天候の変動に影響を受けることが少ない。それだけ安心安全な社会を築くことができる

若者が帰ってきた

バイオマス発電は、電気だけでなく、雇用も生み出す。今まで山間に放置されてきた間伐材を受け入れ、細かく砕いて燃料用のチップにする工場「バイオマス集積基地」が平成20(2008)年に設立された。そこにかつて都会に出て行った若者が帰ってきた

28歳の樋口正樹さんは、高校を卒業後、地元・真庭市で就職先を探したが見つからず、岡山市で自動車販売会社に就職していた。それが今では、クレーンを自在に操り、間伐材を運んでいる。収入は多少減ったが、木の香りに包まれてする仕事が気に入った。

働いてみるといろいろなものが面白い。汗をかいて自然の中で生きるのも、ぼくにはあっているのだと気づきました。木材産業なんて古くさいかと思っていたら、バイオマスって、実は時代の最先端なのだと知り、とてもやりがいを感じています。
(同、p44)

「ありがとう」と言って貰えるうれしさ

里山資本主義は経済だけでなく、人々の生活そのものにも潤いを与えるという、身近な事例がある。冒頭に登場した和田芳治さんの近所に住む熊原(くまはら)保さん。同じ庄原市で、高齢者や障害者の施設を運営している。ある時、デイ・サービスを利用しにやってきたおばあさんが、熊原さんにこう言った。「うちの菜園で作っている野菜は、とうてい食べきれない。いつも腐らせて、もったいないことをしているんです」

年齢は80を超えるお年寄りだが、自宅では毎日元気に畑に出て、野菜を育てている。何十年も農業をやってきたプロだから、見事な野菜が沢山できるが、老夫婦だけの家庭では食べきれない。昔は近所に子供を抱えた若夫婦などもいて、料理したものを「食べんさい」と持っていったりしていたが、今は過疎化で空き家が増え、食べてくれる隣人も少なくなった。

それを聞いて、熊原さんは膝を打った。自分の施設の調理場で使っている野菜は、市場で仕入れた県外産ばかりだった。市場で野菜を大量に仕入れた方が安くあがる、と考えていたのだが、近隣でお年寄りたちの作る野菜を使わせて貰えば食材費は劇的に抑えられる

熊原さんは「みなさんの作った野菜を施設の食材として使わせてもらえますか?」というアンケートをとった。すると、施設に通うお年寄りを含め、100軒もの家から、「是非提供させて欲しいとの返事があった。

試験的に施設で野菜を集めることになって、ある農家に行くと、たまねぎやじゃがいもをどっさり用意して待ち構えている。老夫婦の顔は生き生きと輝いている。「嬉しいですよね。ありがとうと言ってもらおうなんて思ってなかったのに、それくらいのことでたすかるんじゃね」

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