便利じゃないけど昔は良かった。里山が救う「日本経済」と「人の心」

 

「張り合いがでました」

熊原さんは、従来の1億2,000万円の食材費の1割を、地域のお年寄りの作った野菜などでまかなう目標を立てた。野菜を提供してくれたお年寄りには、自作の地域通貨を配る。施設でのデイ・サービスや、レストランで使って貰おうというのだ。

レストランは近くの廃業した店を買い取って、改葬したものだ。客数は見込めないが、近所のお年寄りは時々、ここに集まって、おしゃべりをするのを楽しみにしていた。そんな場所がなくなった、という話を聞いて、レストランの復活を思いついたのだ。

時々、このレストランに友だちとやってくるのが近所の一二三(ひふみ)春江さん。夫を亡くして、大きな家に1人暮らし。畑仕事に出たついでに、道で誰かと立ち話でもできないかと、あちこち当てもなく散歩する。誰とも出くわさなければ、一言も話せないまま、1日が暮れる。今は、時々、友だちを誘って、このレストランにお昼を食べにやってくる。春江さんの菜園で育ったカボチャで作ったグラタンが出されると、みんなが「おいしい」と褒める。会計の時には、貰った地域通貨を使うのも、誇らしい。「また、がんばって仕事をしなくちゃ。張り合いがでました

実は、このレストランの隣には、保育園が併設されている。春江さんたちは、時々そこで子供たちと遊ぶ。みな、何人もの子供を育ててきた大ベテランだ。子供たちの輪に入って、昔の童謡や遊びを手取り足取りしながら教える。しばらく遊ぶと、子供たちのお昼寝の時間になった。先生が「じゃあ、きょうはこれでおしまい」と告げると、子供たちは「もっと、遊びたい!次はいつくるの」。

その場に居合わせたお母さんの一人はこう語る。

孤立した私と子どもが、保育園に行って先生に預けて帰るという、ただ単にそれだけの関係ではなくて、周りの人に生かされている、、それがすごく温かい。私もすごく安心しますし、子どもも色々な人との関わりを通して、学ぶものがたくさんあるんじゃないでしょうか。
(同、p221)

実は、子供を預けている母親の1人は、レストランの調理場で働いている榎木(えのき)寛子(ひろこ)さんだ。子育て中の母親に仕事の場を提供したい、というのも、熊原さんがレストランを開いた理由だ。こういう職場があってこそ、田舎の豊かな自然の中で子育てができる

「懐かしい未来」

懐かしい未来」という言葉がある。スウェーデンの女性環境活動家がヒマラヤの秘境の村で伝統的な暮らしを目の当たりにして、21世紀にはこうした価値観が先進国にも必要ではないか、という考えで、唱えだした言葉だそうな。

前節で紹介した光景は、まさに半世紀前の懐かしい過去を彷彿とさせる。農家は庭先でとれた野菜を近隣の人々と交換し合う。近隣の子供たちは一緒になって、川で魚取りをしたりして遊ぶ。赤ちゃんや幼児は、お年寄りが面倒を見る。

そんな光景が、わずか50年ほどで失われてしまったのだ。農作物は商品として市場で売られる。大きさや形が揃い、しかも大量に作られるものが買われ、少量の作物は庭先で打ち捨てられる。

若者は都会に出て行って、農村では子供は数少なくなった。あちこちの家が空き家となり、耕す人のいなくなった田畑は休耕とされる。森林は朽ち果てたままとなる。その一方で、大量の食料やエネルギーを遠い外国から輸入する。こんなグローバル資本主義はどこかおかしいのではないか

本稿で紹介した事例は、いずれも、この矛盾をなんとかしたい、という問題意識から出ている。それが、いずれも、わずか半世紀前のわが国の社会のありかたを再現しているのは、興味深い。要は、里山資本主義には我がご先祖の数千年の知恵が詰まっているということなのだろう。

スウェーデンの女性環境活動家はヒマラヤまで行かなければ「懐かしい未来」にたどり着けないが、美しい自然と豊かな伝統に恵まれた我が国には、すぐ手の届くところに、「懐かしい未来が待っているのである。

文責:伊勢雅臣

image by: Shutterstock

 

Japan on the Globe-国際派日本人養成講座
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3,000人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
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