こうして考えていくと、川魚で天然物を味わえる山の宿というのは、ほとんどないというのが現実だと思う。 以前、静岡県川根本町の民宿でうまい天然鮎を味わったが、ここはご主人が釣り名人で、毎日ビビるほどの鮎を釣り、それをマイナス60度の冷凍庫で保存して通年食べさせてくれていた。 その冷凍庫の中にギチギチにつまった鮎を見て「すごいですね」というと、「仕事だから。遊びじゃねえんだ、これで食っているんだから」と言われた。 すげえ真顔で。
このような宿でない限り、相当な大金を払わないと天然川魚は味わえない。
海の魚よりも、天然川魚を味わうのはずっと難しい。 僕はプロの渓流釣り師であるから、そういうことがかなり現実として理解できる。
しかし、そうはいっても「レインボー光を放つマグロ、養殖脂の味しかしないハマチとサーモン、甘エビ」という刺し身が出るよりも、山の宿では川の魚、山の幸が食べたいと思う。 たとえそれが養殖物であっても、山川の幸を出すことに、宿の人のもてなしの心を見るからである。
最後に余談。 長野県北部のある温泉郷に、目の前の川で穫れた沢ガニ料理が名物、と謳っている温泉宿がある。 大昔、取材で泊まったときには、ふうん、と思っただけだったが、のちに「目の前の川に沢ガニなんかいるわけねえ、硫黄が流れているから魚もいねえ」と聞かされて驚いたことがある。 これもふうん、と聞きつつ、そういえば、あの辺りに取材に行った際に、何度も竿を出したが、魚の気配もなかった気がする。 僕が下手なだけかもしれないが。
この宿、今も沢ガニ料理が名物なんだけどもね。 お湯はいいんだけれども。
image by: Shutterstock