初めての自由。板門店で銃撃を受けながら脱北した北朝鮮兵士の今

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「好きな場所で、食べたいものを食べる」。こんな私達が享受する「民主主義の日常」を26歳で初めて掴み、喜びつつも戸惑う1人の祖国を捨てた青年が、韓国で生きようとしている事をご存じでしょうか。今回の無料メルマガ『キムチパワー』では韓国在住歴30年の日本人著者が、2017年11月脱北に奇跡的に成功後、「韓国で適応教育」を受け第2の人生を得たオ・チョンソン氏の1年後を紹介しています。

自由の生

2017年の11月に板門店共同警備区域(JSA)にジープで乗り込んで、北の兵士たちから銃撃を受けながらも命からがら南側に到達し、南の兵士らに介抱されて病院に運ばれ、現代のブラックジャックとも例えられるイ・グクチョン(李国鍾)教授の手術で奇跡的に命を取りとめたオ・チョンソン氏(26)のことは記憶に新しいかと思う。このメルマガでも「自由への疾走。20171125」として昨年11月25日にお届けしている。このオ・チョンソン氏のインタビュー記事が朝鮮日報に出ていた。記事を参考にしながら筆者のことばでお届けしたい。

北朝鮮から脱北した人たちが一時教育をうけられるハナ院(ハナウォン)という施設がある。ハナ院というのは正式名称が「北韓離脱住民定着支援事務所」。

北朝鮮で主体思想体制で数十年間暮らしてきた人々を民主主義体制で再適応させるという点でこの施設は非常に重要な機関だ。北からの脱北者は、ここで計12週間の教育を受け、修了後は定着金400万ウォンと賃貸住宅国から世話してもらう。オ・チョンソン氏の場合は、定着資金で家具や冷蔵庫などを購入したら余ったお金はわずかだったという。

産経新聞の11月17日号に、産経とのインタビューでオ氏が答えた内容として韓国軍のことを「軍隊らしからぬ軍隊」といったという記事が掲載されているが、これは産経の誤りだ。北朝鮮軍は10年間服務するのに対し韓国軍は2年間服務する。韓国軍はそれだけ「軽い」ものとなっている。この部分を通訳が誤訳して伝えたらしい。決して韓国軍をばかにして話したものではないとオ氏はトーンを上げた。

命をかけて越えてきた板門店(パンムンジョム)で今年4月に南北首脳会談が開かれた。どういう思いかとの問いに、「政治的関心はない。父親が北朝鮮軍の高位幹部なので、統一してほしいと望むのみ」と答える。

北にいるときには、酒が好きで、飲むときは25度の北朝鮮の焼酎を7本ぐらい飲んだというが今は身体も弱った状態なので全然飲まなくなったという。

JSAをジープで乗り込んできたあの日は、別の部隊で勤務する友人に会って嬉しくて酒を飲み、飲んでいるうちにトラブルが起きて韓国に来たのだそうだ。こっちに来る時は酒がほとんど覚めた状態だった。その友達の車に乗って来たという。

北で殺人をしてこっちに逃げてきたのではないのかという報道もあったのだが、これもそうではないとはっきりと否定し、すでに韓国の国情院での調査でシロであることが証明されているとした。

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