概念としてすっかり定着し、さまざまな解決策も取られるようになった「パワハラ」ですが、どこからがパワハラに当たるのかといった線引については様々な解釈があるようです。今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、過去の裁判事例を踏まえつつ、どういったケースがパワハラと認定されるかについて解説しています。
「結婚指輪をはずせ」はパワハラになるのか
「逆差別」というのが問題になることがあります。例えば、会社での「男女差別」。最近は、女性の役員も増えてきましたが男性に比べるとまだまだ少数です。それは、男性が女性より能力が高いからではなく、会社においての「男女差別」が1つの原因になっていると言われています。
そこで、女性の役員を増やす目的で男性と同じレベル、もしくは多少低いレベルであっても女性を役員にしようとする会社が出てきました。そうなると、今度は男性に対する差別(逆差別)になってしまう可能性があります(これはそのようにしている会社が問題であるという意味では決してありません。会社の状況や目的によっては必要な場合もあります)。
これと似た状況が(逆差別ではありませんが)パワハラ問題にもあります。これは最近、私もご相談をいただくことが増えているのですが、「パワハラと言われるのを恐れて上司が部下を厳しく指導できない」「部下が何かと『それ、パワハラです』と言ってくる」という問題です。これはもしかしたらみなさんも経験があるかも知れません。実質的なパワハラがあればそれはもちろん問題ですが本来はある程度厳しく指導すべき場面でもそれができないというのであればそれも問題です。
では、どのようなことがパワハラになるのでしょうか。それについて裁判があります。
ある電力会社で、長時間労働や上司からのパワハラが原因として社員がうつ病にかかり、自殺しました。その遺族が労災申請をしたところ、申請が却下されたため、裁判所に訴えたのです。
そこで問題になったのがパワハラの内容です。その社員は、上司から「主任失格」「お前なんか、いてもいなくても同じだ」「目障りだから、結婚指輪をはずせ」などと、厳しく叱られていました。これを遺族はパワハラであると主張をしたのです。
では、この裁判はどうなったか。
遺族が勝ちました。労災であると認められたのです。ここでのポイントの1つが「結婚指輪をはずせ」という上司の発言もパワハラとして認められたということです。具体的には裁判所は以下のように判断をしました。
- 上司は感情的に叱責し、かつ結婚指輪を身に着けることが仕事に対する集中力低下の原因になるという独自の見解に基づいて、指輪をはずすように命じた。これらは、何の合理性もない、単なる厳しい指導の範疇を超えたパワハラと認められる
- 叱責や指輪をはずすように命じられたことは、一回限りではなく継続して行われており、(社員に)大きな心理的負担を与えたと認められる
いかがでしょうか。「そんなこともパワハラになるのか」と思われた人もいるかも知れませんが、「そんなこと」を強制しているからパワハラになるのです。
逆に、厳しい言い方(叱責、指導)がすべてパワハラになるわけでもありません。例えば、厳しい指導で部下がうつ病になり自殺したという裁判では、部下が経理上の不正をしておりそれを止めさせようとしても中々止めなかったため指導が厳しくならざるを得なかったとして、パワハラが認められませんでした。
また、別の例では病院での厳しい指導を「ミスが人の命にかかわる場合もあり、厳しく指導することにも必要性がある」としてパワハラとは認められなかったという裁判もあります。
パワハラかどうかの判断は、言い方が厳しいかどうかよりもその「内容」が問題なのです。みなさんの周りはいかがでしょうか。
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