2012年8月末、NHKスペシャルが南海トラフ地震について、静岡県下田市を舞台にシミュレーションを流しました。見ていて呆れました。監修者に中央防災会議にも関わっている著名な国立大学教授の名前が出ているというのに、高台にしか避難所がなく、車も使いにくい問題に触れていなかったのです。
高台に行けるのは健常者、それも中年以下の年齢の人たちです。かなりの数の避難所は、中年以下の健常者でも、徒歩で迅速に避難できるかどうかわからないほどの距離にあります。老人、心身に課題を抱える人、病人やけが人、子供を沢山抱えている人は、避難所にたどり着くことができないのは明らかです。
避難所までの距離と歩く速度の問題もあります。東日本大震災から2ヵ月もたっていない2011年5月、総務省の消防審議会で和歌山県が提出した地域防災計画についての説明がありました。大震災を踏まえて、地域防災計画の見直しが進められているなか、和歌山県だけがいち早く、実情を踏まえた内容に改定してきたのです。
際立っていたのは、基準となる1分間の歩行距離を30メートルとして避難計画を立てていたことです。これは、老人を含む全ての避難者に可能な歩行距離です。
その翌年、私は自分が関わることになった静岡県の危機管理部の幹部に避難計画の基準となっている1分間の歩行距離を聞きましたが、誰も答えられませんでした。これが「防災先進県」を自任してきた静岡県の実態だったのです。いまは、静岡県の危機管理体制は大幅に改善されています。
しかし、いまでも多くの自治体の津波避難計画の歩行距離は1分間に50メートルくらいになっていると思います。これは、消防庁が示した基準だということですが、「実際に自分たちが荷物を持って歩いてみればわかるだろう」ということを実行せず、デスクの上で適当にまとめたものであることは言うまでもありません。
以来、私は避難計画を老人、心身に課題を抱える人、病人やけが人、子供を沢山抱えている人などの立場で検証し、修正するよう提案しているのですが、どれくらい実行に移されているか疑問です。(小川和久)
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