心ある者の裏切りは悲劇だが、心ない物の裏切りは喜劇になる実例

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今年のNHK大河ドラマは、織田信長に謀反を起こした明智光秀が主人公。いまだその動機は不明ですが、日本の歴史上もっとも有名な裏切りと言われています。そんな同じ裏切りものでも、心のない「物」が持ち主を裏切ると喜劇になると語るのは、メルマガ『8人ばなし』の著者、山崎勝義さんです。山崎さんは、数ある愛車の裏切りの中から、ワイパーの故障エピソードを紹介。裏切られるほど愛着が増すことを「物と付き合う醍醐味」と表現します。

裏切りのこと

裏切り、あるいは背信。許されざる行為である。一生のうちに何度も身内や家臣に裏切られ、最期も結局そうだった信長の心中はいかばかりであったろう。とは言え彼の人が生きたのは戦国の世、背腹離反は常の事であった。常の事なら「常の事よ」くらいに思って、あるいは納得して腹を切ったのかもしれない。現代の我々にとって戦国時代の精神風土は最早フィクションも同然なのである。

今の世の中、ある晩目を覚ませば周りは火の海、そんな命を奪われるような裏切りに合うようなことはさすがになくなったが、それでもそこそこヘビーな裏切りを経験したという人は結構多いのではないだろうか。心あるものが心あるものを裏切るという行為にはやはりどこか悲劇性がある。あまりに人間臭い悲劇性があるのである。

しかし、心のない物の裏切りともなれば話はまるっきり変わって来る。ちょっと間抜けな笑い話になってしまうのである。その文脈で言えば、私が今まで一番裏切られて来たのは間違いなく車である。

ある日ワイパーの具合がおかしくなった。右と左でリズムが違う。うっかりすると絡まってしまいそうである。そこでディーラーに電話して症状を伝える。いかにも困っているという風を強調して伝えるのである。当然「申し訳ありません。すぐに見ましょう」という運びになる。

颯爽とディーラーに乗り付け「本当に困りましたよ。このワイパーがね…」と言いながらスイッチを入れると見事なまでに正常に動く。何だったらいつもよりきびきび動いているようにさえ見える。こんな筈では、と思いながらスイッチを切ってまた入れる。がっかりの正常である。もう後は右手と左手でワイパーの動きを再現しながら口で説明する他ない。あれこれ調べてはもらうが結局は「異常ありませんね」ということになる。

何と言うことか!結構な金を掛け、大事に乗ってやっているにも関わらず、ここ一番で主を裏切り恥をかかせるとはけしからぬ限りである。こんなことが今までに何度あったことか。

これと似たような状況で愛車が主である自分を裏切らなかった例は思い出せる限りにおいては一度しかない。どうも低速走行中にトルクを掛けると何となく違和感がある。運転している感覚ではクラッチかギアボックスに問題があるような感じである。

「違和感」さすがにこれは伝わりづらい。その時は「何が何でも」と意地になってディーラーで最も高い資格を持つエンジニアを助手席に乗せて小一時間ばかり都内を走り回って異常を何度も再現してみせた。「ほら、ここ」「これ」「ここ、ここ」エンジニアも納得である。私も主として鼻が高かった。

しかしである。正常に動くと腹を立て、異常が再現されると嬉しくなる。おかしいと言えばおかしな話である。すれ違いもここまでくれば、そう、喜劇である。

心のある者と心のない物との付き合いはそこにストーリーがあればあるほど面白くなる。そして面白くなればなるほどに愛着も湧く。愛着は愛情と違って一方通行で十分形である。物との付き合いの醍醐味は裏切られ続けて猶大切にする他ないこの一方通行にこそあるのかもしれない。

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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