原発事故と同じ構図。新型肺炎に官僚システムが太刀打ちできぬ訳

 

囚人のジレンマが起こす医療崩壊

新型コロナウィルスについては、状況が刻々と変化していますが、世界的な流行(パンデミック)が既に始まっており、誰にも止められないことは明確です。こうなると、いかに感染拡大のスピードを抑え、重症患者が必要な治療を受けられなくなる医療崩壊を避けるか、が重要になりますが、ここで生じるのが、典型的な「囚人のジレンマ」です。

囚人のジレンマとは、ゲーム理論におけるゲームの1つで、一人一人が自分のために最適と思われる行動(部分最適化)をとった結果、全体としての最適解にはたどり着けない、というジレンマのことです。

今回のケースでは、医療崩壊を避けるためには、軽症の人(風邪やインフルエンザの症状の人)は、家から一歩も出ずに安静にしていることが、全体にとっての最適解です。軽症な人が外を出歩かないことが感染拡大のスピードを落とすし、彼らが病院に行かないことが、肺炎を起こした重症者が必要な治療を受けることに繋がるからです。

政府が、“かぜの症状や37度5分以上の発熱が4日以上続いている人、強いだるさや息苦しさがある人”のみ「帰国者・接触者相談センター」に連絡するようにと指示を出しているのは、それが理由です。

しかし、実際に自分や自分の子供が風邪の症状で熱があるとなれば、「これは新型コロナウィルスに感染したのではないか?」と不安になるのは当然です。さらにメディアには、「肺炎を起こす人15%、致死率2%」などの数字(分母である感染者数が正確に把握できていない現状では、あまり信用できない数字です)を繰り返し伝えるため、「肺炎になりたくない、死にたくない・死なせたくない」という必死の思いから、(上の条件を満たしていなくても)病院に駆け込むことになってしまうのです。特に、PCR検査に保険が適用されるとなれば、本来ならばそもそも病院に来るべきでない軽症者までが「PCR検査をして欲しい」と医者に要求することは十分に予想できます(PCR検査は、感染のスピードを把握するには重要ですが、個々の患者の治療に関しては、よほどの重症患者でない限りは、役に立ちません)。

この軽症者が病院に殺到する行動そのものが、医者不足・看護師不足を招き、(重症患者が十分な治療を受けられなくなる)医療崩壊を起こすのです。さらにそれが、病院の待合室でのウィルスへの感染を増やすことになり、感染拡大のスピードを加速することになります。

つまり、上に書いた「自分だけは死にたくない、自分の子供だけは死なせたくない」という部分最適化が、社会全体としては医療崩壊という大きなマイナスの結果を招いてしまう、という典型的な「囚人のジレンマ」状況にあるのです。

国民全体にとっての最適解は、国民一人一人が「医療崩壊を避けることの重要性」をしっかりと理解した上で、風邪の症状があったり熱が出たとしても、慌てて病院には行かず、自宅で暖かくして療養することなのです。

その意味でも、政府がきちんと情報公開をし、国民の信頼を確保し、明確なメッセージを送り続けることが何よりも大切です。

残念ながら、多くの人が「PCR検査をしないのは、日本政府が感染者数を少なく見せたいために違いない」と疑いの目を政府に向けている限りは、国民を説得することは難しいのが現状です。

image by: StreetVJ / Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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