すべて自己都合。安倍首相が東京五輪を2年でなく1年延期にした訳

 

小賢しい安倍首相の立ち回り

他方、安倍首相は、バッハと森に任せておけば優柔不断の二乗となって決断が遅れ、延期もままならず中止に追い込まれることを恐れたのだろう。これを中止ではなく延期、しかも2年ではなく自分の自民党総裁任期内の1年延期に止めるべく、権限外の場違いであることを厭わず介入した。

おそらく彼の頭脳の内では、新型コロナウイルスという非常事態の先頭に立って戦っているのは自分であり、その非常事態の結果として五輪の中止・延期を判断しバッハとやりとりするのが自分であって何がいけないんだ、という一種の意識混濁があったに違いない。さらに「後手後手のあとのやってるフリの先手先手」と川柳欄で揶揄(からか)われているような前のめり姿勢も作用したに違いなく、それがこの異様なパフォーマンスとなった。

中止となれば、後手後手への非難を含めて責任論が噴き出して、安倍首相は早期辞任となりかねない。それを避けるには延期だが、それも2年先では自分がどうなっているか分からないから1年先なのである。しかし、それってすべて自分の都合ですよね。本当は、指導者というものは、自分のことはさておいて、中止と延期でどちらが時間とエネルギーと費用が少ないか、延期の場合に1年先と2年先ではどちらが日程を組み替えやすくて費用も最小で済むかなど、まずは国民と世界のアスリートにとってのメリット・デメリットを試算して提示し、判断を仰ぐのが普通でしょうに。

ライターの武田砂鉄は「なぜ中止ではなく、延期なのか。『1年』の根拠は何なのか。こうした疑問に明確な説明があったわけでもない……。延期より『中止』が経済的な損失が少ないのではないか。『復興五輪』ならこのタイミングで中止してその分のお金を復興に回す。そう考えてもいいはずなのに」と指摘する(前出3月26日付朝日)。

もう止めたほうがいい五輪

このドタバタ劇から透けて見えるのは、五輪そのものの馬鹿馬鹿しさ──と言ってしまうと身も蓋もないが、時代との関わりですでに歴史的使命が終っているという事実である。

オリンピック憲章が「オリンピック競技会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」(1章6項1)「国ごとの世界ランキングを作成してはならない」(5章57項)と定めているが、これはほとんど空文である。早くも1908年の第4回ロンドン五輪から、開会式の入場行進が国ごとに国旗を掲げて行われるようになり、それ以来五輪はもっぱら「国威発揚」の道具として弄ばれてきた。それは、20世紀という国家エゴイズムの剥き出しのぶつかり合いの時代にふさわしい道具立ての1つだったと言えるのだろう。

冷戦の終わりと共に、そのような国家エゴの時代は本質的には終わったはずなのだが、米国を筆頭に多くの国々はまだ20世紀へのノスタルジアから自由になれずに相変わらず軍拡を続けていて、そうであるからこそ五輪もまた惰性で続けているのである。

そのためには「世界最大のスポーツの祭典」という虚構を膨らまし続けなければならない。しかしそうは言っても世界3大球技と呼ばれるバスケット、バレー、サッカーはそれぞれ独自の国際的な組織と世界選手権に至る競技日程を持っているし、水泳、陸上、テニス、ラグビー、卓球、ゴルフなどの競技もみな同じで、五輪が頂点とはならない。そこでIOCはそれらメジャーな競技の国際連盟に補助金を注いで何とか繋ぎ止めて体裁を繕う一方、他に何かテレビ映りのよさそうな新奇な競技はないかと探し回り、これが本当にスポーツと言えるのかと思うような曲芸まがいのものまで参加させようとする。結果、無闇な大規模化が進み、今回で言えば33競技339種目にまで膨らんだ。

いきなり廃止というのもどうかと言うなら、前々から言われているように、開催地をギリシャに固定し、競技も1896年第1回アテネ大会と同等の10競技40種目程度に減らして続ければいいのではないか。あるいは、思い切って発想を転換して、巨大スタジオ1つだけを会場にした「全世界こども運動会」にするのはどうか。

image by: f11photo / Shutterstock.com

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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