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コロナ危機下の経済報道、時間の感覚を疑う

日本の新聞などの経済ニュースには、決められたフォーマットがあるようですが、私はいつも不自然な印象を持っていました。典型的なのは、決算の数字です。日本でもそうだと思いますが、世界の株式市場ではアナリストが企業の業績予想を立て、これを頼りに投資家は株を売ったり買ったりします。

ですが、アナリストの予想は外れることがあります。赤字が見込まれて、株が下がっていた場合に、決算の結果が発表され、予想より良かったということになると株価は上昇します。また、好決算の予想が外れると、依然として黒字でも株は下がります。

ところが、日本の経済記事というのは、そうしたダイナミズムとは無縁の報道をします。例えば、約1年前の2019年4月30日に米国のアップルコンピュータが、決算を発表した際に、共同通信社は、

【サンノゼ共同】米アップルが4月30日発表した2019年1~3月期決算は、売上高が前年同期比5%減の580億1,500万ドル(約6兆4,000億円)、純利益は16%減の115億6,100万ドルと2四半期連続の減収減益だった。主力製品のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の販売不振が続いた。

という報道をしました。まるで悲観的な内容です。「減収減益」に加えて「販売不振」というのですから最悪、そんなイメージです。ところがこの決算を受けて、アップルの株は上昇したのです。どうしてかというと、事前にアナリストが発表していた予想を「ビート(打ち破って)」して、より良い結果を発表できたからです。

勿論、個々の投資家はよく分かっているので、この日本式の報道を見て一方的に悲観して株を売ってしまい損した人などはいないのかもしれません。ですが、株を売ったり買ったりするのではなくても、世界のハイテク企業の動向を真面目に追っかけている人はいるはずで、そうした人はこの記事を見て誤解してしまうのではないかと思います。

ですが、共同さんの現場には、「アップル減収減益もアナリスト予想を上回り株は上昇」という書き方をしては「いけない」というローカルルールがあるのだと思います。それは、4月30日に翌日のことを翌日と書いてはダメで、来月1日と書いてかえって「分かりにくく」しているのと同じで、日本の絶望的な形式主義とか、保守性なのだと思いますが、何ともやれやれという感じです。

それでも昨年の4月のアップルの決算報道については実害はなかったと思います。ですが、問題は今年です。4月に入っての経済報道では、例えば4月29日のテレ朝さんのニュースサイトでは、

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、ANAホールディングスの先月までの3カ月間の決算は過去最大の赤字になりました。ANAホールディングスが発表した今年1月から3月までの決算で、最終損益は四半期決算では過去最大となる587億円の赤字になりました。また、3月までの1年間の最終利益は276億円で、前の年度に比べて75%の大幅な減益となりました。一方、JR東日本も先月までの3カ月間の決算で最終損益が530億円の赤字になったと発表しました。新型コロナウイルスの影響による利用客の大幅な減少が経営を直撃しています。また、両社は今後の感染拡大の影響を見通せないとして、今期の業績予定を「未定」としています。

などと「のんきな」報道をしています。青い方のキャリアさんも、緑のJRさんにしても、3月期の決算などは「どうでもいい」のです。そうではなくて、現在は企業の存続へ向けてどちらも必死なのです。

ANAさんなどは、運航便数が90%以上削減で、キャッシュ流出とファイナンスの問題は存亡の危機レベルになっています。JR東さんも観光とかインバウンドだけでなく、通勤通学定期の巨大な売上が消える中では、こちらも非常に厳しいわけです。

そんな中で、3月決算が赤字というなんとも「のんびりした」時間感覚。これでは、本当に日本経済が救えるのか不安でなりません。

私は1993年秋に、訳があって某長信銀さんの内部の飲み会に参加したことがありました。当時はバブル崩壊直後で、住専問題、つまり住宅ローンを背負ったノンバンクの経営危機が話題になっていました。ですが、長信銀さんの幹部の人達は「このままだと都銀(今のメガバンク)も危なくなるよな」などとのんきな話をしていたのです。

住専が吹っ飛んだのが95年、それから数年でこの長信銀も破綻するのですが、そんなことは92年にはほぼ分かっていたはずです。ですが、多くの幹部が自分のメンツを守ることに必死になって問題を先送ったのでした。つまり自分が民事で訴えられる時効が来るまでは問題を先送るというイイカゲンな方法です。

とにかく、今回のコロナ危機はその深さ、広さともにバブル崩壊どころの話ではありません。もっともっとスピード感を上げていかないと、被害が拡大して収拾がつかなくなる可能性があります。

運輸、航空、メディアなどについては、リストラや統合を含めた将来像を見据えながら、足りない資金は公的なものを入れていく、その財源は国際金融市場から調達する、その代わりゾンビ化した部分には金は回さないという「異常事態の国家経営」が肝要になってきます。そこで一番の障害となるのは、先ほどの「株が上がっているのにネガティブ報道」「存続危機を横目に、のんきな3月決算報道」という時間感覚です。もっともっと真剣にならないとダメだと思います。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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