新型コロナウイルス感染症の蔓延により、狭い戦車、航空機、艦艇の中での活動が求められる各国の軍事組織は、常に感染の危険と隣り合わせで、通常の機能を発揮できない状況にあるようです。軍事アナリストでメルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する小川和久さんは、この状況を元に戻すには、ワクチン開発の成功しか道はなく、ワクチン開発はすなわち国の安全保障に直結する問題だと指摘。そのうえで各国のワクチン開発の状況を比較しながら、日本政府の現状認識の甘さを問いただします。
ワクチンが左右する軍事の優劣
この夏以降、コロナ後の安全保障環境はどのように変わるのかと質問されることが多くなりました。私の答えは、それこそ取り付く島もないほど素っ気ないものです。
「変わりません」
皆さん、コロナのせいで在宅勤務やリモートで仕事することが増えたように、なにか人間が前面に出ないでも戦えるような新兵器が、それも急速に普及するのではないかと思い込んでいるようです。
むろん、AIやロボット技術を使った無人兵器はどんどん登場し、普及していくでしょう。しかし、それはコロナが蔓延する前から始まっていたひとつの流れです。コロナと結びつけるにはいささか無理があります。
実を言えば、米国も中国もロシアも、そして自衛隊も、各国の軍隊が抱えている悩みは同じです。人と人とが接触しないではいられない狭い戦車、航空機、艦艇の中で、どのようにして感染を防ぐかで四苦八苦しながら訓練や演習を行い、練度を落とさないように苦心しています。その点については、どの国も変わりはありません。
といっても、そこに現在は目に見えていない戦いの成果が加わると、様相は一変します。それはワクチンです。ワクチンを早く開発し、それによって軍事組織の機能をコロナ以前に戻すことができた国ほど、安全保障の面で優位に立つことができます。その有利さを手にした国が外交、そして経済を含む様々な分野で国際競争を有利に進めることができることは言うまでもありません。
9月中旬段階で、ワクチン開発の最終段階である臨床第3相(P3)試験に入っているのは8種類で、一部のワクチンは年末から来年はじめにかけて接種が始まる可能性があるとのことです。ちなみに世界のワクチン開発は次のように展開されています。
- P3 8種類 中国3、米国2、英国1、ロシア1、ドイツ1
- P2 3種類 米国1、中国1、ドイツ1
- P1~2 5種類 米国2、フランス1、英国1、日本1
- P1 7種類 豪州2、英国2、中国1、米国1、カナダ1
- 前臨床 6種類 日本4,香港1、フランス1
このうちP3とP2は、どれが先頭に躍り出てもおかしくないほどの競り合いです。P1~2からも先頭グループに参入するものが出てくる可能性もあります。P1~2以上で言うと、米国5、中国4、英国2、ドイツ2、日本1、ロシア1、フランス1で、米国と中国が圧倒的にリードしている印象です。そして、実は、この開発競争での勝敗が安全保障面での優劣を反映するものになるという点が、コロナ後を占うポイントとなるのです。
果たして日本政府にそのような視点が備わっているでしょうか。まったくありません。お寒いかぎりです。菅新政権のお手並み拝見と期待しても、無い物ねだりかな。(小川和久)
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