MAG2 NEWS MENU

CIA工作員を襲った「めまい」をロシアの電波攻撃と認めぬトランプの怪

アメリカの学術機関が、キューバなどで米外交官らを襲った頭痛、めまいなどの原因が「電波エネルギー攻撃」だったとする報告書を公開しました。これと同様の被害がロシアの首都モスクワにいた米CIA秘密工作員にも起きましたが、なぜかトランプ大統領はこの件に限らず、ロシアの有害活動の情報をすべて否定するなど不可解な動きが目立っています。軍事アナリストの小川和久さんが主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』の執筆者の一人である静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんは、ロシアの攻撃にだんまりを決めるトランプ大統領の態度に、ある「疑い」を裏付けている可能性を推察しています。

【関連】CIA工作員や米外交官も被害。中国が印に使用「マイクロ波攻撃」の恐怖

公表されたロシアの電波攻撃の報告書

米国の学術機関の全米アカデミーズは12月5日、キューバなどで2016年以後に米国の外交官や情報機関員を襲った頭痛、めまい、視聴覚・記憶の障害などの「ハバナ症候群」の原因は、おそらく「指向性の電波エネルギー攻撃」だと結論する報告書を公表した。

全米アカデミーズの専門家19人からなる委員会は、化学物質や感染症の可能性も検討したが、その可能性はまずないと結論づけた。「指向性のパルス状の電波」つまり被害者の方向へ短時間放射された電波が原因なら、意図的な攻撃を意味する。頭痛や異音など初期症状が特定の方向から感じられたり、室内の特定の場所で生じたりしたことも、意図的な攻撃の証拠だという。

海外で国益を推進する公務員を確保するためには、安全に対する脅威をできるだけ軽減し、危害を加えられた場合は保護することが欠かせない。しかし、ハバナ症候群への米政府の対応は、この条件を満たしていない。

当メルマガ『NEWSを疑え!』10月22日号では、全米アカデミーズが今年8月に提出した報告書を国務省が公開していないことをお伝えした。12月3日以後、国務省が非公開を条件に一部の議員などに配り、NBCテレビとニューヨークタイムズが4日に入手したので、全米アカデミーズも5日、公表することにした。

ハバナの米大使館の館員と家族は、トランプ大統領当選直後の2016年11月中旬から少なくとも17年春まで攻撃を受けた。当時は「音響攻撃」と報道された。トランプ氏はキューバ当局による攻撃と断定し、館員をほとんど帰国させた。国務省は症候群を直ちに調査し、館員の有給休職を認めた。

症候群は2017年から中国・広州の米総領事館にも広がったが、国務省は症候群を調査せず、患者の有給休職もすぐには認めなかった。全米アカデミーズの委員会によると、米政府の対応が遅く、患者の診断の時期と方法がまちまちだったため、結論を得るのが難しかったという。中国で発生した事例の情報は、「あまりに少なく断片的」だとして、報告書ではほとんど取り上げていない。

モスクワでは2017年12月、CIA(中央情報局)秘密工作員だったマーク・ポリメロプロス氏がホテルの自室で強いめまいに襲われ、帰国後も片頭痛で心身が消耗し、退職を余儀なくされた。同氏は米メディアの取材に対し、CIAが自分の片頭痛を戦傷と認めないことへの不満と、CIAとトランプ政権がハバナ症候群の調査も加害者への反撃もしていないことへの懸念を述べている。

以上から明らかなように、米政府はハバナ症候群をキューバのせいにできなくなると、関心を失っている。一方、米中貿易交渉はトランプ政権の目玉政策だったので、その実務を担当する外交官を、広州の総領事館に症候群が広がったからといって、帰国させることは都合が悪かった。

ハバナ症候群の原因はロシアの攻撃の疑いが濃厚だ。モスクワの米大使館は1975年から79年まで、ソ連当局によるマイクロ波の照射を受けた。全米アカデミーズの報告書は、人体への「パルス状の電波の影響に関するロシア・ソ連の重要な研究」に言及している。電波だけでなく、プーチン政権は外国で政敵を毒殺してきた。

しかし、トランプ大統領はロシアの有害活動の情報を全部否定し、報告・報道した者を敵視してきた。それはロシア当局に弱みを握られているからだという見方もあるが、あたかもその情報が、自分の大統領当選はロシアの干渉のおかげだったという主張を裏付けるかのように認識して、否定しているようにみえる。

今週明らかになった、米政府のデータへの大規模な不正アクセスについても、トランプ氏はそのように反応している。ポンペオ国務長官は12月18日、「明らかにロシアのせい」と述べたが、トランプ氏は翌19日、「つまらない主流メディアは、何かあればロシア、ロシア、ロシアという。中国がやった可能性は、商売上の理由でいえないのだろう」とツイートした。

政治ニュースサイト『ポリティコ』は9月23日、ハスペルCIA長官が、大統領を怒らせないため、ロシアの動向の報告を減らしているという、CIA職員らの見方を報じている。

そのような対応は、トランプ氏のさらなる攻撃からCIAや国務省を守るためだったかもしれないが、外交・情報関係の人材確保の点でも、ロシアに対する抑止力維持の点でも米国の国益を損ねている。(静岡県立大学グローバル地域センター特任准教授・西恭之)

参考文献

National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. 2020. An Assessment of Illness in U.S. Government Employees and Their Families at Overseas Embassies. Washington, DC: The National Academies Press.(在外大使館における米政府職員および家族の疾病の評価) https://doi.org/10.17226/25889.

image by: Shutterstock.com

小川和久この著者の記事一覧

地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 NEWSを疑え! 』

【著者】 小川和久 【月額】 初月無料!月額999円(税込) 【発行周期】 毎週 月・木曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け