大手新聞の終焉。サラリーマン記者の書く記事が中身ゼロな3つの理由

shutterstock_481734772
 

信頼できるメディアの一つとして歩み続けてきた日本の大手新聞ですが、少なくとも近年はその前提自体が揺らいでいるようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、トヨタ自動車の個体電池の発表に関する記事を例に上げ、新聞各社が読者のことを考えた記事作成やキュレーションがまともにできない理由を考察。そこには3点の根深い問題がありました。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

中島聡さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

 

パーソナル・ジャーナリズムが新聞に勝てる理由

普段から、漠然とは意識していながら、はっきりと言葉にして説明することが出来なかったことが、誰かの言葉や文章をきっかけに、頭の中のバラバラのピースが繋がって、全体像がいきなりはっきりと見えることがあります(すごく重要な現象なので、こんな現象を表す言葉があっても良いと思いますが、思いつきません。英語で「偶然の発見」を示す“serendipity”が近いと言えば近いと思います)。

今回、まさにそんな「現象」が起こったのですが、そのきっかけを作ってくれたのが、元朝日新聞の山田亜紀子さんの「新聞記者の配置転換は、ジャーナリズムの終わりなのか?」という文章です。

この文章の主題は、ジャーナリズムで稼ぐことが出来なくなった新聞各社が、これまで通常の記事を書いていた記者を配置転換して(より稼げる)「広告タイアップ記事」を書かせていることに関する是非の話題です。

それはそれで、とても面白い議論ですが、私にとって重要なのは以下の部分です。

そのうち、ジャーナリストと言える仕事(アジェンダ設定、発掘、調査報道など「ジャーナリズム」的な仕事)ができる人、サラリーマンライターの仕事をしている人の割合は?という質問を、役員や編集局長から、現場の人まで、いろいろな人に聞いたことがある。

 

その答えは、だいたいみな同じで、ジャーナリストは1割~最大2割。つまりは、他は「言われた職場で、言われた仕事、その時必要な仕事をこなす高い能力を持ったライター」。そちらが、7、8割を占める。

私は普段から、日本の新聞社が書く記事に不満を持っていました。政府や企業が発表したものや、ロイターなどの通信社から得た情報をベースにした、単に「(山田氏曰く)縦のものを横にするだけ」の中身の無い記事ばかりだからです。

分かりやすい例が、先日のトヨタ自動車の個体電池の発表に関する記事です。新聞各社はどこも大きく取り上げましたが(日経は1面トップでした)、どの記事も、基本的にトヨタ自動車の発表をそのまま流すだけでした。

print
いま読まれてます

  • 大手新聞の終焉。サラリーマン記者の書く記事が中身ゼロな3つの理由
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け