日本が報じぬ五輪「途中棄権」の真相。米女子体操界の体罰・暴力・性的虐待

 

体罰・暴力・性的虐待が横行した米体操界

しかし、シモーネの心の病の根はもっとずっと深い。彼女は、幼い頃から「テキサスの不名誉なことに虐待的なやり方で知られるセンター」で練習を積み、やがて米体操連盟に認められてリオでスターにのし上がると、NBCの五輪はじめスポーツ中継ビジメスの「化身」にまで祭り上げられた。常勝スターでなければならない重圧の下、「爪先は折れ、腎臓結石に苦しみながら」試合に励まなければならなかった。しかもその裏側では、世界のスポーツ史の中でも最もおぞましい性的虐待事件が起きていた。

米体操連盟で30年間もチーム・ドクターを務め4回の五輪に帯同したラリー・ナッサーが、その職責を利用して何と250人もの女子選手に性的虐待を働いたことが発覚し、18年にミシガン州の禁固最大300年の判決を受けて服役中だが、シモーネもその被害者の1人だった。また、この医者を引き上げたのは12年ロンドン五輪で米女子体操チームの監督を務めたジョン・ゲダートで、彼は自分がミシガン州に所有するトレーニングセンターで医師として勤務していたナッサーを五輪ドクターに出世させるのに貢献し、2人でつるんで性的暴行を繰り返していた。

ミシガン州司法当局は、今年2月25日にゲダートを性的暴行、人身売買など24の重罪で起訴したと発表したが、その直後に彼は自殺した。シモーネがこのゲダートと接点があったかどうかは不明だが、暴行犯仲間の自殺は彼女にナッサーのことを思い出させ、心的障害を起こす一因となったかもしれない。

いずれにしても、これから五輪のみならず全てのスポーツで、選手の「精神的健康」を重視する体制を整えなければならなくなるだろう。ブルームバーグのティム・カプラン記者は7月31日付「ジャパン・タイムズ」の「五輪:コロナの恐怖か見えない心的障害か」と題した論説で、「もし選手が肩を壊したり足首を挫いたりしたことが分かれば、試合から退いてベンチに座らせるのがいいに決まっている。そうだとするなら、選手が精神的に不調である場合も同じように休ませるべきである」と書き、「こんな当たり前のことが今までほとんど議論されないできた」と嘆いている。

ドイツやノルウェーの女子選手たちも

このナッサー事件は、米体操界のみならず世界のスポーツ界に甚大な影響を与えた。

今大会のため来日したドイツ女子器械体操チームのパウリーネ・シェーファー選手は、7月23日SNSで、ワンピースの水着型のレオタードではなく、胴から足首までを露出させないユニタードの新ユニフォームの写真を紹介し、「私たちの新しいウェアはどうかしら?」と問いかけた。これには国際体操連盟はじめ多くの「いいね」が返された。

彼女らがこれを採用したきっかけは、まさにナッサー事件だった。今まで当たり前のようになっていたレオタードの着用は、演技そのものよりも女性のボディラインに関心を持つ人を生み出し、それを放置してきたことが、シモーネも被害者となった事件を生んだと考えた。それを英BBCは「ドイツ体操連盟はナッサー事件を見て体操の性的対象化に反対するために衣装を変更した」と正確に伝えた。

この流れは、女子ビーチハンドボールにも波及し、ノルウェーの選手団がビキニの水着の代わりに半ズボンを着けて出場すると決めた。同国選手団は、今月18日までブルガリアで開かれていた欧州ビーチハンドボール選手権大会で半ズボンを着用、欧州ビーチハンドボール協会から1,500ユーロ(約19万5,000円)の罰金を課せられたが、何するものぞと五輪でもこの路線を貫くことにした。

このように、いいことは何一つない東京五輪であるけれども、その中で長く蔑視や差別に晒されてきた女性アスリートたちが勇気を持って自己主張し始めたのは大きな成果である。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

 

print
いま読まれてます

  • 日本が報じぬ五輪「途中棄権」の真相。米女子体操界の体罰・暴力・性的虐待
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け