アホな科学政策による必然。日本から「頭脳流出」が今後も続く訳

 

それに対して日亜化学工業は、2000年に企業秘密漏洩の疑いで、ノースカロライナ州東部地区連邦地方裁判所に、中村を提訴した。結局この提訴は2002年に棄却されたが、その間の中村の心労は大変であったという。一方、中村は日亜化学工業の提訴に対抗して、2001年に日本の裁判所に、青色発光ダイオードの特許は自分に帰属することの確認と、それが認められない場合は譲渡の相当対価200億円の支払いを求めて、日亜化学工業相手に裁判を起こした。

アメリカの研究者に、発明に対して会社から貰った対価が余りにも安く、「スレイブ中村」と皮肉られたことが訴訟を起こしたきっかけだと言われているが、企業秘密漏洩で自分を訴えた会社に腹が立っていたのだろう。この裁判は特許権こそ会社側にあるとしたが、譲渡の対価に関しては原告の主張が通り、2004年に東京地裁は発明の相当対価を604億円と認め、原告が求めた200億円を支払うように被告に命じた。その後、東京高裁で和解が成立し、2005年に和解金・8億4000万円で決着した。

研究者に対する対価で争われているもう一つの事例はがんの特効薬として注目を浴びた、免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(商品名オプジーボ)の特許を巡るものである。この薬の開発によりノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑が、小野薬品工業に対して、特許使用料の分配金262億円の支払いを求めて訴訟を起こしている事件だ。この訴訟は現在進行中で、大阪地裁が双方に和解案を提示しているところで、結果はまだ分からない。いずれにせよ、日本の企業は有用な発明・発見をした研究者に対する金銭的な配慮に欠けることは事実であろう。

中村修二と日亜化学工業の裁判結果におびえた産業界からの要望もあったのであろう。政府は平成27年(2015年)に特許法を改正(改悪?)して、職務発明制度を企業側に有利なようにした。すなわち、「従業員が行った職務発明について、契約時においてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利はその発生時から使用者等に帰属する旨を規定した」という事である。

単純に言えば研究者を雇用する際に、職務発明はすべて会社に帰属するという契約をしておけば、従業員から訴えられることはなくなるという理屈だ。確かに、能力に自信がない研究者は、この契約にサインするであろうが、才能に満ち溢れた研究者は、そんな契約を求める日本の企業は蹴って、さっさと、研究条件がいい海外に行ってしまうだろう。一見企業に有利な法律に見えるけれども、長い目で見れば、優秀な人材の頭脳流出を促進させるに違いない。中村修二はこの改正案を見て激怒したと伝えられるが、さもありなんと思われる。

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