日本人で知らない人はいない剣豪・宮本武蔵。彼が著した書籍は未だに武芸書としてだけではなくビジネスにも、競技の世界にも影響を与えています。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、そんな宮本武蔵の“五輪書”をクローズアップしています。
宮本武蔵は、なぜビジネスマンにも読まれるのか? 城島明彦
六十数戦して不敗──
宮本武蔵は、日本の剣道史上に空前絶後の大記録を打ち立てた、江戸時代初期の剣豪である。
武蔵は、晩年の1643(寛永20)年秋、洞窟にこもって、「二天一流」と自ら命名した独創的な二刀流の「兵法指南書」の執筆にとりかかった。それが『五輪書』である。
それから370年近い歳月が流れた2012(平成24)年10月、鈴鹿サーキットでのレースに敗れたF1ドライバーのフェルナンド・アロンソが、ツイッターでこうつぶやいた。
「敵山と思わば海としかけ、海と思わば山としかくる心」を持つことが大事だ
敵うんぬんは、『五輪書』の「火の巻」(「山海の替わりということ」)に記された一節である。わかりやすい現代語に意訳すると、こんな意味になる。
敵が「山」を考えていると読んだら、その裏をかいて、こちらは「海」をしかけ、敵が「海」を考えるなら、こちらは「山」をしかけることだ。そういう気構えが「勝利の方程式」なのだ
アロンソは、F1のシンボル的チーム「フェラーリ」のトップドライバーとして、その時点まで「ドライバーズチャンピオン」の首位を走っていた選手だ。
スペイン人のアロンソが『五輪書』を知っていたというのは驚きだが、「遠い昔の兵法書が時空を超え、国境を超えて、世界各国で愛読され続けている」という事実を改めて日本人に教えてくれた点にもっと大きな意義がある。
『五輪書』が海を渡ってアメリカで『THE BOOK OF FIVE RINGS』と英訳され、ビジネスマンを中心にベストセラーになったのは1970年代のことだったが、以後、数か国語に翻訳され、何度も話題になっており、アロンソのエピソードもその一例にすぎない。
宮本武蔵の『五輪書』は、日本の混迷期・難局時には必ずといっていいほどクローズアップされてきた。昨今の日本は、まさにそれである。そうした時期に『五輪書』が読まれるのは、単なる武芸書で終わっていないからである。
『五輪書』は、人生のさまざまな局面に待ち受けるさまざまな敵との戦いに勝つためのノウハウを記した「ビジネス書」であり、乱世を生き抜くヒントを与えてくれる「人生の指南書」でもある。そしてまた、敵を倒すには、相手の心理をどう読み、どう行動すればよいかを気づかせてくれる「心理学の参考書」ということもできる。
独創的な発想の仕方、人間の深層心理の読み方、勝ち残る戦い方など、人が強く生きていくのに必要なヒントがぎっしりと詰まった本。
それが『五輪書』なのである。
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