自分の仕事を選ぶこと
そんな自分の体験を振り返ってみると、「自分の仕事」を選ぶ難しさが想像できます。まず、その分野の経験がなければ、そこでやっていくことはひどく簡単に思えて、自分でも大成できるような気がします。ギャンブルのように学歴が必要ない分野なら、さらに簡単そうに思えます。魅力的な選択肢として立ち上がってくるのです。
*昨今のWebで「成り上がる」系の話もこれと同じでしょう。
一方で自分が親しんでいる分野は、そのような甘い幻想が立ち上がりません。その分野の厳しさも知っていますし、プロとして通用する水準の高さも知っています。「そんな簡単にはいかないだろう」とか「自分には無理だろう」と判断しがちになります。
しかし、その判断が見過ごしているのは、たとえ「自分はたいしたことがない」が真であっても、他の人たちに比べれば、身についている経験や技能はぜんぜん高い、という点です。無論それだけで、プロとしてやっていけるわけではありませんが、技能ゼロの分野にチャレンジするよりは、はるかに前の地点からスタートを切れることは確かです。でも、その天秤はうまく見えてきません。得意な分野ほど、自分より優れた人と自分を天秤に乗せてしまうからです。
よく「得意なことを仕事に」と言われますが、その人が本当に得意なこと(得意だと思っていることではなく)は、そもそも自分で「それが得意」だと思っていない可能性があります。あまりにも自明にできてしまう上に、もっと高いレベルの比較対象を持つからです。
逆に自分が得意だと思っていることは、単に高いレベルを知らないだけなのかもしれません。そういう状態でそれを「仕事」にしてしまったら、ひどく打ちのめされてしまうことが起こるでしょう。よって、「得意を仕事にする」は、指針としては正しくても、実践の段階では躓くことがあります。実に要注意な指針です。
好きなこと
では、「好きを仕事にする」はどうでしょうか。たしかに「好きなこと」と「嫌いなこと」の二つから仕事を選べるなら前者から選びたいものです。選択肢が広がっている現代なら、そうした幸運な選択が可能な人もいるでしょう。
しかし、問題もあります。そもそもそれを選べる立場にない、ということ以前に、自分の「好きなこと」がわかっているのかどうかが判然としないのです。(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』より一部抜粋)
「読む・書く・考える」についての探求を行う、倉下忠憲さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ
image by: Shutterstock.com