逡巡する河井夫妻を説き伏せるために、安倍首相は山口の地元事務所から秘書団を派遣するなど、最大限の支援を約束したに違いない。「絶対に勝たせてみせる」と時の総理に言われたとしたら、その言葉にすがる気持ちになるであろう。
官邸から『出なさい』って言われたの。『それじゃあ、出ましょうか』ってお受けしたんです。落ちたら無職ね」
参院選への出馬が取り沙汰されていた昨年初め、案里議員は地元の会合で支援者から出馬について問われ、いつものように明るい表情でこう答えたという。(2020年6月19日東京新聞WEB)
だが、その甘い判断が河井夫妻の人生を狂わせるもとになった。
安倍首相はかねてから岸田氏に冷たい二階幹事長を味方につけ、自民党本部から計1億5,000万円を、河井夫妻それぞれが支部長をつとめる政党支部に分けて振り込んだ。案里氏の出馬に危機感を抱く県連が逆に溝手支持で結束を強めないよう、カネという麻薬を使う必要があったのだろう。
もとより、溝手票をうまく二つに割って、二人とも当選などという御託を信じる大甘な政治家などいない。1億5,000万円を手にした河井夫妻は溝手氏に流れる票を取り込むため、県議、市議、町議、市長、町長らにカネをばらまいた。
河井夫妻が逮捕されたあとの記者会見で安倍首相(当時)はこう述べた。
「本日、我が党所属であった現職国会議員が逮捕されたことについては、大変遺憾であります。かつて法務大臣に任命した者として、その責任を痛感しております…この機に、国民の皆様の厳しいまなざしをしっかりと受け止め、我々国会議員は、改めて自ら襟を正さなければならないと考えております」
何を他人事のように。そんな思いは案里氏の胸につきまとって離れなかったに違いない。なぜ、検察の捜査を総理は止めてくれなかったのか、という思いもあっただろう。
参院選に出馬したばっかりに、それまで順調だった人生設計が狂ってしまったという後悔。尊敬し頼りにしていた安倍氏に裏切られたという思い。さまざまな気持ちが彼女を苛んだことだろう。
溝手氏が受け取った額の10倍にもおよぶ資金を党本部から河井陣営に拠出させ全面支援しておきながら、買収容疑が発覚するや、さっさと知らぬ顔を決め込んでしまう。安倍氏は後ろめたさを感じていないのだろうか。
いくばくかでも人間らしい感受性があるとすれば、案里氏の“自殺未遂”のニュースを、自分に対する何らかの思いの表出と深く受けとめたはずである。
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