予想されるロシアの出方
こうなると気になるのは、ロシアがどう出てくるかということです。考慮すべき点は多々あるのですが、ここではとりあえず、以下の三点に論点を絞りましょう。
第一に、ロシアがこの戦争全体のグランドデザインをどうしようとしているのか。ウクライナの国家主権を象徴する首都キーウの攻略に失敗し、実際に部隊を撤退させている以上、短期的にゼレンシキー政権を崩壊させてウクライナを支配下に置くことは諦めざるを得なくなったことは明らかでしょう。とすると、考えられるのは次の二つのシナリオです。
A.後退させた部隊を再編成してキーウ再攻略を目指す(東部での攻勢は陽動)
B.後退させた部隊を東部に集中し、マリウポリやムィコライウを陥落させ、最終的に頭部から南部一帯(オデッサを含む)の支配を目指す
Aの可能性はいまだになくなったわけではありませんが、西側やウクライナ自身が真剣に懸念しているのはBの方であるように見えます。西側による重兵器の供与がいずれも「東部におけるウクライナ軍の対抗能力強化」を掲げていることは、そのあらわれと言えるでしょう。ロシア軍がムィコライウへの攻勢を継続し、オデッサに対してもミサイル攻撃を強化していることからしても、東部だけでなく南部一帯の占拠を目論んでいる可能性は高いと思われます。
実際問題として、東部から南部がロシアの支配下に入った場合、2014年の第一次戦争当時に懸念された「ノヴォロシア連邦」のようなものが出現してウクライナの領土的一体性を毀損する可能性が出てきますし、こうなるとウクライナは海へのアクセスを失って内陸国化してしまいます。これは穀物や鉄鋼といったウクライナの主力商品の輸出を困難にし、同国の国力が著しく低下しかねません。その結果は、ロシアに対する立場の弱体化につながるでしょう。あるいは、ロシアがその事実を停戦交渉において「人質」として利用してくることも考えられます。
ロシア軍の継戦能力
では仮に東部~南部一帯をロシアが占拠しようとしているのだとして、それをやり遂げるだけの軍事力はまだロシアに残っているのでしょうか。これが第二の論点です。
40日間に及ぶ戦争でロシア軍がかなりの損害を受けたことはたしかです。
NATOはロシア軍の戦死者が7,000人から最大1万5,000人に及ぶ可能性を指摘しており、仮にロシア軍の侵攻兵力が15万人とすれば、これは5%から10%に相当します。また、国際戦略研究センター(CSIS)のカンチャンが述べるように、すぐに任務に戻ることができないほど重傷者は通常、戦死者の2倍程度であることを考えれば、2万1,000人から4万5,000人が戦闘不能になったと見積もることができるでしょう。
● Russian Casualties in Ukraine: Reaching the Tipping Point
軍隊は兵力の3割を失うと戦闘不能になる、という一般則(俗説かもしれませんが)に則ると、ロシア軍は戦闘不能に近づいている可能性もあります。
しかし、米海軍分析センター(CNA)のコフマンは、次のような観点をTwitterでの連続ツイートで提起しています。すなわち、ロシア政府は現在のウクライナ侵攻作戦をあくまでも「特別軍事作戦」であって「戦争」ではないと位置付けており、動員可能な兵力には縛りが掛かっている。このような状況下では、除隊する徴兵を半ば強制的に契約軍人に切り替えさせて兵力を維持するとか(今週のニュースのコーナーを参照)、シリアの傭兵や民間軍事会社「ワグネル」を動員するとかいった方法で多少の兵力を補えるかもしれないが、基本的には焼け石に水である。
これに対して、プーチン大統領が今回の「特別軍事作戦」を何らかの口実で「戦争」と再定義すれば大規模な予備役動員を行い、兵力を大幅に増強することは可能かもしれない。ただ、それに対して国民がどの程度の支持を与えるのかは依然としてよくわからない…コフマンの議論はこんなふうにまとめることができるでしょう。
※ コフマンの連続ツイートはここから閲覧できる → Michael Kofman)
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