小泉悠氏が懸念、西側の軍事援助増強でプーチンが失う「自己制御」

 

西側版escalate to de-escalate戦略としての重兵器供与

これに加えて指摘しておきたいのが、西側による対ウクライナ軍事援助の内実が変化しそうなことです。3月31日、第2回ウクライナ防衛国際ドナー会議(IDDCU)に出席した英国のウォレス国防相は、ウクライナに対して防空システム、沿岸防衛システム、長距離砲、装甲車両、訓練、後方支援等を提供する方針が合意されたことを明らかにしました。

ウクライナ支援国、一段の兵器提供で合意=英国防相

この表明ののち、米『ニューヨークタイムズ』は、米国は欧州諸国が保有する旧ソ連製戦車をウクライナに移送することを仲介する方針であるという米政府高官の談話を報じました。

U.S. Will Help Transfer Soviet Made Tanks to Ukraine

どのくらいの戦車が移送されるのかは不明とされていますが、この記事では「ロシア軍に対する長距離砲撃を可能にする」とも書かれているので、ウォレス英国防相が述べるように火砲なども提供されるのでしょう。

また、ウォレス発言があったのと同じ4月1日には、ドイツ国防省がウクライナへの装甲兵器供与を行う方針を公式に認めています。

Germany okays sale of former GDR infantry fighting vehicles to Ukraine

これによると、供与されるのはPbV-501歩兵戦闘車(BMP-1の東ドイツ改良版)56両。正確には旧東ドイツからチェコに引き渡されたものですが、第三国に再移転する許可権は依然、ドイツが握っていて、これを認めるということのようです。

以上が実現すれば、西側諸国による対ウクライナ軍事援助は質的に新たな段階に入ったと言えるでしょう。これまで供与されていたジャヴェリン対戦車ミサイルやスティンガー歩兵傾向型地対空ミサイルがロシア軍の侵攻を「押しとどめる」ものであったのに対して、火砲や装甲車両はウクライナ軍の反攻能力を、つまり「押し返す」力を増強するものであるからです。

また、詳細が明らかでない防空システムや沿岸防衛システムにスロヴァキアのS-300や何らかの対艦ミサイルが含まれているとした場合、これらはロシア軍の海空戦力に対する領域拒否能力となり得るでしょう。NATOが自ら飛行禁止区域(NFZ)を設定するのはエスカレーションのリスクが高くて難しいとしても、そこに至らない範囲では対応をエスカレートさせたということです。

前回紹介したアトランティック・カウンシルのマトリックスで言えば、エスカレーション・リスク「中」くらいのレベルから、「やや高い」くらいのところまで踏み出したとイメージできると思います。言い換えると、西側としては軍事援助を通じて「エスカレーションによるエスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」のラダー(梯子)をもう一段登って見せたということです。

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