まだまだ遠い、中国軍への備え
筆者が聞いた限り、島民の間で自衛隊駐屯地強化に真っ向から異論を唱える島民は1人もいなかった。むしろ「まだ不十分」という声も聞かれる。与那国町長の糸数健一である。
「こんな状態で、果たして島を守り切れるのだろうか。電子戦の専門部隊を増派するといっても車両2台分くらいの増員ですよ。もっと増やしてほしいと言いたいくらい」
「島民避難の問題だってあるんですよ。一夜に疎開はできません。フェリーだと石垣島に避難させるのに片道4時間かかります。乗れるのは1回120人程度。到底間に合わないです。飛行機でも1便50人しか運べません。飛行場拡大の用地はあるので整備してほしいし、物資を運び入れる港湾整備も必要です」
糸数町長は、岸田政権には、もっと与那国島の現状に目を向けてほしいと訴える。
これまで配備されてきたのは監視を任務とする部隊である。目と鼻の先の台湾や尖閣諸島で有事が起き、すぐさま海上警備行動がとれるようにするには、海上自衛隊の部隊を配備すべきである。
島民避難という課題も深刻だ。自然災害に備えた避難訓練は実施しているものの、台湾有事に備えた避難訓練、なかでも島外への避難訓練は一度も行っていない。まだシミュレーションの段階である。
避難経路などを考えている与那国町役場の課長補佐、田嶋政之はこう語る。
「島民避難には1週間かかります。冬の波の高いときはどうするのかとか、細部は全然詰め切れていません」
漁場はすでに戦時下
与那国町漁業協同組合の組合長、嵩西茂則さんによれば、漁協にはほぼ毎週のように水産庁からある文書が届くという。「漁業安全情報」という文書である。
これは、軍事演習などによって操業に危険が及ぶ可能性がある海域を事前に漁業者に知らせ、近づかないよう注意を喚起するための文書だ。
相手は中国船の場合もあるが、大半が台湾軍だ。去年2021年は、1年で実に200回を超える演習が行われている。それだけ中国軍の脅威が迫っている証でもある。
周辺海域は、ハマダイなど高級魚が獲れる豊かな漁場で、台湾の漁船との間では日台間で協定が結ばれているが、嵩西さんは、「有事に備えた動きで漁場が狭くなっている」と語る。

image by : 筆者撮影
そのうえで筆者のインタビューにこう答えた。
「もし有事が起きたら台湾は中国に勝てません。台湾が中国に支配されてしまうと与那国は厳しい状況に置かれることになります。これまで100キロ沖合で漁ができたのに、50キロ先に中国軍がいるとなると、50キロはおろか30キロも行けなくなります。そうすると漁を止める人が出てきてさらに過疎化が進みます。ますますここでの漁業は厳しいものになってしまいます。それ以前に、ます島内にシェルターを作ってほしいですね。ウクライナでも無事だった人は地下壕に避難できた人たちですから」

著書紹介:ゼレンスキー勇気の言葉100
清水克彦 著/ワニブックス
清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール:
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。
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