仲本工事さんが車にはねられ死去、81歳 妻と別居&ゴミ屋敷報道の謎…他のドリフメンバーと現在の関係、明暗わかれた境遇の違い

2022.10.19
by たいらひとし
 

ドリフターズの一員として一世風靡時代を築き上げた

ここで仲本の経歴に触れておこう。仲本工事は1941年生まれ、東京都立青山高校時代には300人中7位の成績で、体操でも東京都で2位という「文武両道」のエリートだったという。

その後に進んだ学習院大学に体操部がなかったという理由から、音楽の道を志すように。ジャズ喫茶にて飛び入り参加で披露した歌が気に入られ、加藤茶がドラマーとして在籍していたバンド「クレイジー・ウエスト」に加入。のちに高木ブーが在籍していた別のバンドのオーディションに合格。その後、高木の誘いでドリフターズに加入した。大学を卒業したときには中・高の教員免許を取得していたが、ドリフのリーダーいかりや長介が、連日のように仲本の実家をたずねて両親を説得したという。

仲本のギターと歌は逸品で、1966年のザ・ビートルズ来日公演でドリフが前座出演した際も、ギターとボーカルを仲本が担当したことは有名だ。

仲本は今年1月の「週刊大衆」のインタビューで「そもそも、僕は音楽をやりたかったんです。なのに、いつの間にか音楽コントになり、そのうちコントだけになっちゃった」と語っている。そんな本人の意志とは関係なく、ドリフのコントは1970年代から80年代中頃にかけて、お茶の間で大人気となった。

1982年に最初の夫人と死別し、1991年に美枝夫人と再婚。3人の子供をもうけるが2004年には離婚している。純歌とは3度目の結婚である。

これが年の差婚の現実か?ラブラブ加藤茶夫婦とは「天と地」の差

結婚当初は純歌と「27歳差」ということが大きく報じられたが、よく比較されるのは同じドリフメンバーで「45歳差」で結婚した加藤茶・綾菜夫妻だ。加藤とは45歳も離れていながら、綾菜夫人は「趣味が加藤茶」と語るほど、常に加藤に寄り添う姿は、周囲からあたたかい目で見られているようだ。

一方、仲本夫婦はその真逆。純歌の暴走に、仲本がやっとのことで付いていっている状態で、ネット上では「老人虐待では?」と、心配の目で見られている。

13日の女性自身では、純歌が横浜で他の男性と暮らしているのでは?という記者からの質問に、仲本は「そんなことはない。なぜなら俺は毎日横浜に通っているから」と答えたという。

事故当日、仲本が横浜にいたことは事実だが、もし毎日通っていたのであれば、飛び出した横断禁止の道路の危険性は認識していなかったのだろうか? ネット上には、なぜ横断禁止の道路を無理やり渡ろうとしたのか疑問に思う声や、何か別の事情があるのではといった声、そして交通ルールを無視した行動に厳しい声などが多くあがっている。

とはいえ、無事に頭部の手術を終えて意識不明の状態を脱し、体操で元気なポーズを披露していた頃のような元気な姿を、早くファンの前で見せてほしいものだ。

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image by: イザワオフィス公式プロフィール

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