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ついに「核兵器」使用か。“プリゴジンの死”でプーチンの留め金が外れた

8月23日、搭乗していたプラーベートジェット機が墜落し死亡した民間軍事会社ワグネル代表のプリゴジン氏。その影響は世界の今後に大きな影を落としかねないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、プリゴジン氏の死がロシア政府や軍内の「ストッパー」を外してしまった可能性を指摘。さらにウクライナ戦争の裏で国際社会の分断がより深刻化する現状を解説するとともに、そのような状況の中で日本はどう行動すべきかを考察しています。

ロシア・ウクライナ戦争の裏で進む「国際社会の大再編」

「我々は早急にウクライナからの出口戦略を立案し、実行しなくてはいけないかもしれない」

国民の7割強、上下院議員の8割が「これ以上の対ウクライナ支援は再考する必要がある」と表明しているアメリカ政府内で強まっている意見です。

NATOのリードを取り、他国に抜きん出て対ウクライナ支援を実行してきたバイデン政権ですが、ロシアによる侵攻から1年半が過ぎても一向に成果が表れず、ロシアに力を蓄え、軍を再編成する余地を与えただけでなく、主導した対ロ制裁が、中国やインド、南アフリカとブラジルをはじめとするBRICs諸国と、中国・ロシアとの距離を縮めつつ、次第に欧米諸国と距離を取り始めた中東・アフリカ諸国に阻まれて機能しない現実に直面した結果、来秋に実施される大統領選への悪影響を排除するために、ロシア・ウクライナ戦争からの出口を探りだしているのが、アメリカ政府・バイデン政権と民主党と言えます。

その波に便乗するように、欧州各国(特に西欧)の政府も“この”戦争からの本格的な撤退を計画するようになってきています。

ビジネス面では、戦争の継続によって、冷え切っていた経済や景気を再ブーストする効果が期待されているものの、ロシア・ウクライナ戦争の泥沼化と長期化により、先の見えないインフレと常に付きまとうエネルギー危機への強い懸念が国民生活を圧迫し、各国の国内政治上、現在のリーダーと与党に対する負の圧力が拡大していることで、“一刻も早くこの戦争から抜け出す必要がある”との認識が広がってきています。

アメリカが供与したアブラハムやクラスター爆弾、ドイツが供与したレオパルト2、フランスが提供してきた装甲車、英国が供与したストームシャドーなどが、次第に成果を収め始めている中、ウクライナ政府と軍が、当初の約束とは違い、それらの兵器を直接ロシア本土への攻撃に用い出したことで、ロシアからの激烈な反撃と報復を懸念し、武器兵器の管理(監理)義務はほどほどに、互いに“いつ”この戦争から抜け出すかを真剣に議論する段階にまで発展してきています。

NATO各国はすでに今年中には解決できないことを確信し、現実的にはウクライナが諦めるか、プーチン大統領がいなくなる(言い換えると死亡する)というサプライズでも起こらない限りは、短く見積もってもこれから3年以上は戦争が続くという分析結果を出し、シェアしています。

調整プロセスの準備をしているNATOサイドの仲間たち曰く、「NATO各国はもう一枚岩とは言えず、可能な限り迅速にこの戦争から手を退きたいという意見が強まっている。物理的に距離があるアメリカはもちろん、直接的な攻撃を受けづらい英国やフランス、ドイツ、イタリアといった国々(西欧)は、表向きはウクライナを支えるそぶりを見せつつ、真剣さが欠如しはじめているように見える。直接的な脅威に曝されているポーランドやバルト三国などについては、NATO内でも非常に対ロシア・ハードライナーの立場を明確にし始め、NATOの諸会合でも加盟国間の意見の調整が実質的にできなくなってきた」とのことで、「NATOとしてのコミットメントの結束がいつ崩れ、対応が“関心国のみ”という形式になるかは、もう時間の問題」との認識が示され始めています。

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数カ月後には孤立し戦争の継続が困難になるウクライナ

さまざまな混乱があるものの、経済的にも軍事的にも、ウクライナに比べてキャパシティーが上回るロシアが態勢の立て直しをほぼ済ませ、対ウクライナαの攻撃を強化・アップグレードすると言われている中、戦争の長期化は必然的と思われることから、問題はいつまで支援国政府の政治が持つかということかと思われます。

戦争の継続によって確かに軍需産業はブームを迎え、収益を爆発的に増加させてきていますが、それも各国政府がそれらの武器弾薬をほぼ言い値で調達してくれているという現実があるためで(つまり、ウクライナ政府による購入ではない)、その各国政府がこれ以上の軍事支援を躊躇う方向に進むことで、軍需産業における特需もそろそろ終焉するのではないかと予測されており、“戦争の継続を後押しする”勢力が次第に弱まってきているのが、報じられない現実です。

それが事実なら、ウクライナは恐らく今年末から来年頭には孤立し、戦争の継続が困難な状況に追い込まれますが、この“戦うだけ戦わせて、都合が悪くなったらすぐさま切り捨てる”様子は、非欧米諸国の反欧米傾向を一気に加速させることに繋がっています。

その顕著な例が、インドが主導するグローバルサウスの反欧米での結束と中ロとの親交という形で現れ、BRICsの結束の強化とメンバーシップの拡大という動きに発展していると思われます。

これらの国々は、ロシアが力による侵略と現状変更を試みたことには、一同反対または懸念を表しており、支持はしていませんが、一方的にロシアの息の根を止めようとする欧米諸国とその仲間たちが行う対ロ制裁に対し、賛同を拒むだけでなく、「いずれは自分たちがそのターゲットになりかねない」という恐れと、欧米諸国とその仲間たちが示すご都合主義への強い反発から、一気に世界の分断が進んでいます。

中ロが主導する国家資本主義が各国に受けいれられるかどうかは未知数ですし、国ごとに温度差はありますが、民主主義や人権を盾に内政干渉してくる欧米諸国とは異なり、内政不干渉を徹底する中ロ陣営への“緩い”シンパシーは強まっているように見えます。

中長期(大体25年間が軸)の経済協力と戦略的パートナーシップ、それぞれの国の強みを活かした発展モデルと相互支援体制の構築、それぞれの政体・政治形態の尊重などを“確約”するBRICs、グローバルサウスは、ロシア・ウクライナ戦争が泥沼化する背後で、勢力と影響力を拡大しつつあります。

「もしかしてアメリカは覇権主義を放棄するのではないか」との分析と並行して、アメリカの非近隣諸国へのコミットメントの低下が進み、各地域における勢力の構築が進んでいるように見えますが、その背後にいるのが、中ロであり、グローバルサウスの面々です。

アメリカ政府については、中国が存在するアジア・太平洋地域においては、まだ覇権的な影響力を維持したいとの思惑があり、クワッドやAUKUSの強化、その他の経済的フォーラム(ASEAN+3やAPEC)へのコミットメントを維持していますが、「これ以上、アメリカのご都合主義に振り回されてはならない」と確信する国々(インドネシア、インド、マレーシア、フィリピンなど)が力を拡大するにつれ、そう遠くないうちにアメリカの覇権的な立ち位置は、中国の経済・軍事的な影響力の拡大と並行して、急速に弱まり、もしかしたら“アジアも失う”という事態に発展する危険性を示しています。

我が国日本はアメリカを唯一の同盟国と位置づけ、対米関係を日本外交の軸に据えていますが、仮にアメリカがアジアを失った暁には、どのような立ち位置を取るのか、しっかりと戦略を立てておく必要があるように考えます。

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プリゴジン氏の死によりクレムリン内で外れたストッパー

世界で進む欧米の勢力の凋落を再度反転させるきっかけとなりうるのは、中ロの勢力拡大にストップがかかるような事態が起きることです。

中国の経済成長のスランプや、誤った対台湾武力侵攻によるAUKUSやクワッドからの反撃で軍事力を著しく削がれるシナリオが起きたり、急にロシア軍が今回の戦争で敗北する状況になったりする場合がその事態に当たりますが、現時点で分かっている様々な情報や分析結果に鑑みると、これらが起こる可能性は低いと思われます。しかし、仮に起きた場合、中ロが取り得る策は、自滅的なものとなる可能性が高く、それは恐らく破滅的な結果を北東アジア地域、そして世界全体に起こしてしまうことを意味します。

先週起きたプリコジン氏の“死亡”により、あるストッパーがロシア軍内、そしてクレムリン内で外れた可能性が指摘されています。

私自身、聞いていたものの信じていなかった情報として、プリコジン氏はロシアによる核兵器使用に賛同しておらず、それが破滅的な結末を人類に及ぼすことをプーチン大統領に再三警告していたそうですが、その重しが取れたことで今、ロシア政府内および軍内では過激派の影響力が高まり、ロシアが窮地に陥るような状況を許容することは許されないため、それを未然に防ぐために、核兵器の使用を厭うべきではないという声が大きくなる可能性が高まってきているという情報が入りだしました。

よく似た状況は、実は中国政府内でも起きていると思われ、「準備はするものの、現実的に台湾への軍事侵攻は中国にとっての自殺行為に等しい」という落ち着いた見解が覆され、「いつまでもアメリカの都合による警告と脅しに屈するのではなく、アジアからアメリカを追い出すことが中国の使命と考えて行動すべき」というタカ派の見解がじわりじわりと政府・人民解放軍内で拡大してきているようです。

今年3月に長崎大学のRECNA(核兵器廃絶研究センター)が主導する国際プロジェクトの報告書が出され、北東アジア地域で核兵器が使用された場合の影響のsimulationが示されましたが、そこで紹介された恐るべき影響と結果が、simulationの域を超えて、実際に起こり得る可能性が高まっていると考えることが出来ます。

ロシア・ウクライナ戦争に対する国際社会の“熱狂”は、北朝鮮の核技術と弾道ミサイル技術の開発と実用化を加速させる後押しをし、中国における急速な核戦力の拡大を助ける結果を導いています。そしてまた、これまで勢力争いの場であった中東・北アフリカを反欧米勢力として一つにまとめ始め、各地における国内外の紛争を拡大させる方向に進んでしまっています。

私が調停を手掛けたナゴルノカラバフ紛争も、アゼルバイジャンとアルメニア間で一触即発の事態に緊張が再度高まってきており、いつ戦争が始まってもいい状況と思われますが、この欧州各国のエネルギー危機をさらに深化させ、中央アジア・東欧地域の情勢不安を一気に進めかねない状況に対しても、ロシアもトルコも、そしてUNも十分な関心と力を割くことが出来なくなってきています。

エチオピア情勢は、一見、落ち着きを取り戻したと言われていますが、ティグレイ紛争の傷跡は、物理的にも心理的にも深く、こちらも日々、テロ行為による被害と政情不安の深化が進んでいるため、いつ残虐な戦いの炎が再燃するか分からない状況です。

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日本も「自国ファースト」の姿勢を強めてしまうのか

そしてエチオピアの隣国スーダンは、もう手が付けられない状態にまで混乱が進んでおり、医療サービスも教育サービスも提供されず、国内は政治的な勢力争いと軍の指揮権の争奪戦の激化の裏で、人道的に悲劇的な状況に発展しています。スーダン政府に入れ込んでいたアメリカ政府もすでに離れ、UNによる支援も有名無実化し、そしてエチオピア政府による敵対的な介入も激化する中、なかなか安定に向けた出口が見えない状況です。

ミャンマー情勢も国際情勢から見放された結果、何が起きているのかが見えづらくなってきていますが、国軍勢力と民主派グループとの血で血を洗う戦いは各地で継続していますし、この混乱に乗じて、タイやマレーシア、インド、そして中国が、それぞれの勢力拡大のための草刈り場としてミャンマーに対する介入を強めていますが、これもまた、滅多に報じられない悲劇に発展してきています。

その他、ここではお話しし尽くせない紛争や内乱が世界各地で起きており、“安定”も失われ、大国の草刈り場に姿を変え、一般市民がその犠牲となって生命を奪われ、生活を奪われる状況が顕在化してきています。

1993年に東京で第1回アフリカ開発会議(TICAD 1)を開催してから早30年。これまで8回のTICADを日本政府が主導し、2025年には第9回会議(TICAD 9)が横浜で開催されることが決まりましたが、果たしてこの30年間で、日本はアフリカ各国と心を通わせ、友人として安定と繁栄に寄り添ってきたと言えるでしょうか。

もうインフラ支援や経済的な介入では中国には敵わないと言われ、中国の影響力がアフリカ諸国で広がる中、日本はアフリカの諸国に対してどのような姿勢で臨み、寄り添い、安定に寄与するつもりなのでしょうか?

世界の分断が急速に進み、鮮明化する中、国際社会は残念ながら協調から分断へと進み、相互不信とエゴの拡大による戦いが激化してきています。

そのような中、日本はどのような立場を取り、国際社会に貢献しようと考えるのでしょうか?それとも日本も自国ファーストの姿勢を強めるのでしょうか?

ロシア・ウクライナ戦争が確実に泥沼化し、長期化する中、急ぎ立ち位置を定め、しっかりとした戦略を立てて行動に移すことが必要とされていると考えます。

調停官としては扱う案件が増えて忙しくなる一方ですが、何とか国際情勢の安定化に貢献できるように全力を尽くしたいと思います。

国際情勢の裏側でした。

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image by: Володимир Зеленський - Home | Facebook

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

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