陸上自衛隊 大宮駐屯地の第32普通科連隊が、「大東亜戦争」という表現をXに投稿して物議を醸したのは弊サイトでも既報のとおり。戦後日本では、政治的立場や戦域、期間への解釈の違いなどから「太平洋戦争」「アジア(・)太平洋戦争」など複数の戦争呼称が用いられてきたが、とりわけ「大東亜戦争」という表現は旧日本軍占領地域の国から批判的に見られることが多い。これに関して「自衛隊が先の大戦を大東亜戦争と呼ぶのは“利敵行為”にあたる」とみるのは米国在住作家の冷泉彰彦氏。「もしトラ」後の日本自主防衛を考えると、もはや「国内向けのイデオロギー遊び」は許されない、というのがその理由だ。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年4月9日号より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:自衛隊は今こそ国のかたちを守る決意をせよ
「もしトラ」で、日本の自主防衛に現実味
今、日本では「もしトラ」といって、もしもトランプが再度大統領になったら、というシナリオが、強い不安感とともに語られています。
その中には、トランプがNATOを壊し、日米同盟や米韓同盟を壊すということへの懸念も入っています。
仮に、トランプが日米同盟を壊したとすると、日本は自主防衛をしなくてはなりません。
憲法を改正するかどうか、自衛隊を正規軍に改名するかどうかというのは、ある意味で形式論に過ぎません。好むと好まざるとにかかわらず、在日米軍が出ていくのであれば、自衛隊を中心にした自主防衛というのは避けられません。
その場合は、欧州と相互防衛義務を持つ集団安全保障を構築したり、左派政権にならない限りは韓国とも同様の同盟を結んで抑止力を高めることは選択肢に入ってくると思います。
日本国の独立を担保する、集団安全保障の新たな枠組み
仮に、欧州と集団安全保障を組んだとすると、欧州が深刻なテロの脅威にさらされた場合など、集団で軍事行動を起こす場合には当然日本も巻き込まれます。
またトランプは、日本の自主防衛を歓迎して、その上で日米安保を完全に対等の、つまり相互に防衛義務を負うような関係に変えるかもしれません。
その場合にも、自衛隊はアメリカの戦争に巻き込まれる危険が出てきます。
そうであっても、日本は独立を守るために、欧州やアメリカのために犠牲を払うことは考えられます。その犠牲は最小限であって欲しいですが、不可避だとも言えます。
あってはならないことではあるのですが、仮に犠牲があれば欧州やアメリカの日本への信頼は保持されるし、反対に欧州やアメリカに犠牲が出ているのに、日本が逃げ回れば日本は信用を失って、イザという時には守ってもらえません。
つまり、安全保障の環境が厳しい中では、欧州や米国との集団での安全保障は必要です。
あるいはその2つが機能しない場合には、例えばですが国連軍への積極的な参加により国際社会で評価されて、それで安全と独立を確保するということもありえます。
とにかく西側を中心に国際社会で信頼されることが、日本の独立と安全には必要です。特に在日米軍に守ってもらうという状態が外れた場合には、余計に日本の信用が必要になります。
「もしトラ」後の日本を孤立させる3つの利敵行為
この信用という点で、次の3つの行為は全くのマイナスであって、プラスにはなりません。
- 「自衛隊の高級将官が靖国神社に集団参拝すること」
- 「自衛隊の退役軍人が靖国神社の宮司になること」
- 「自衛隊が先の大戦のことを大東亜戦争と呼ぶこと」
こうした行為は、西側世界における日本の信用を落とします。
仮想敵の陣営が日本を批判し、場合によっては国益を攻撃する際の大義名分になります。
そして、何よりも、国連、欧州、米国と日本の関係を離反させる効果を持ち、仮想敵を有利にします。ですから完全な利敵行為になります。
このような行動によって信用が損なわれた場合に、それを取り戻すには、例えば国連や有志連合の軍事行動に参加する場合に、より危険な戦線へ出て、他国よりも大きな犠牲を払う必要が出てきます。
つまり、この3つの行為は、国益をシャープに損ない、日本の独立と安全を危うくすることなのです。
そうではなくて、戦後日本の「国のかたち」つまり、領土拡大の意図がなく、世界の各国と全方位の関係を良好に保ち、経済活動を中心に世界に貢献しつつ、安全で平和的な生活を国民に保障する、これを守る存在。これが自衛隊のあるべき姿です。
そのうえで、これに必要最小限の装備と可能な限り最大限の練度、作戦、情報収集によって、安全を確保するのです。
繰り返しになりますが、靖国集団参拝、自衛隊OBの靖国宮司就任、大東亜戦争の呼称使用は、この「国家の安全の保障」とは180度反対の行為になります。つまり、国土と国民の安全を損なう行為になるのです。
「イデオロギーごっご」の終わりと、日本自主防衛の始まり
日米安保に守られている間は、この種の言動は「人畜無害な国内向けのイデオロギーの遊び」だとされてきました。
同時に「親米で、国連や有志連合の軍事活動に賛成してくれるのはこの種のイデオロギーを持ったグループだけ」ということもあり、特別に許されてきました。
ですが、「もしトラ」という厳しい時代には、一切許されないと考えるべきです。
繰り返しになりますが、在日米軍に蓋をしてもらうことがなくなり、本当に日本人の自衛官がリスクを背負う自主防衛に進むのであれば、この種の戦前回帰の言動は一切許されません。
防衛と外交の関係者は、このことを、肝に銘ずるべきと思います。
まずもって、自衛隊は古臭い枢軸日本の名誉にこだわるという「利敵行為」を止めるべきです。
その上で、戦後日本の国のかたちに忠誠を示し、そこに賭ける中で現在の日本の安全を守り抜く覚悟をしていただきたいと思うのです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年4月9日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ
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