4月半ばに朝鮮中央テレビで発表されるや世界各国で「大バズリ」となった、北朝鮮の金正恩総書記を称えるプロパガンダソング。しかしその歌詞は総書記を「金正恩」と呼び捨てにした上に連呼するという、これまでの北朝鮮では考え難いものでした。このような曲が作られた背景には、どのような思惑があるのでしょうか。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では宮塚コリア研究所で専門研究員を務める新井田実志さんが、このプロパガンダソングの歌詞やMVを分析しつつ、いかなる理由で制作されたのかについて考察。さらに実際に曲を聞いた北朝鮮人民の感想を伝えた記事内容を紹介しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:新曲に垣間見る“フランクな個人崇拝”
※本記事は有料メルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』2024年5月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
北朝鮮の最新プロパガンダソングに垣間見る“フランクな個人崇拝”
4月17日に朝鮮中央テレビでお披露目された、北朝鮮の最新プロパガンダソングが注目を集めている。『親しい父母』『親愛なる父』等々、題名の日本語訳は紹介者によってまちまちだが、ここでは直訳して『親近なるオボイ』としておく。「オボイ」は朝鮮語で「親」の意味だが、北朝鮮においては父母ではなく領導者、具体的には金日成を指し示す表現であった。しかし近年は「首領」呼称と同様、金正恩の代名詞として「オボイ」が用いられるようになっている。
既に耳にした読者の方も多いだろうが、以下、『親近なるオボイ』の1番の歌詞を書き連ねてみる(訳は筆者)。
母の懐のように暖かく
父の懐のように慈愛深い
膝下の千万子息 胸に抱き
情を尽くして見守ってくださる
歌おう 金正恩 偉大な領導者
誇ろう 金正恩 親近なるオボイ
人民は一心信じ従うよ
親近なるオボイ
この曲の音楽編集物(ミュージックビデオ、MV)はYouTubeやTikTokなどで海外にも広まり、一部のネットユーザーの間で“バズって”いるという。諸外国におけるネット上の評判として、ABBAやテイラー・スウィフトと比較するような言説も見受けられるが、(北朝鮮のプロパガンダソングとしては)歌詞にもメロディーにもこれと言った特徴はない。一部では「金正恩」という尊名を呼び捨てにしている、といった驚きの声があるものの、先代の金正日にも同じような“呼び捨て”ソングがあった。題名は『親近なる名前』、比較すると歌詞もよく似ている。
母という言葉のように多情(優しい)で
師匠という言葉のように親近な
喜びの中にその名前呼ぶ時
胸の中に燦々たる陽が昇る
歌おう 金正日 我々の指導者
誇ろう 金正日 親近なる名前
この『親近なる名前』は、2021年の光明星節の記念公演で金正恩自らが二度もアンコールさせた曲である。よほどお気に入りだったのだろう。そして、“俺バージョン”のアンサーソング(?)として作らせたのが今回の「親近なるオボイ」だったに違いない。
金正恩は『親近なる名前』のどの点が気に入ったのか。メロディーも歌詞全般もやはり特徴はない。強いて挙げるなら、“俺バージョン”のサビの部分にそっくり取り入れていることからして、やはり『歌おう金正日』『誇ろう金正日』という敬称抜きの表現であろう。先代、先々代とは異なるフランクなスタイルこそ金正恩流の個人崇拝なのである。
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