過去のプロパガンダソングとの大きな違いはMVである。朝鮮中央テレビでは番組の合間にMVを放映しているが、それらの映像は基本的に使い回しである。特定のMV専用に映像が撮影されるのは異例で、しかも『親近なるオボイ』の場合はそれが全編にわたっている。
歌手が曲に合わせて“口パク”で歌い踊ったり、レコーディングの様子が映し出されたりする、諸外国のMVなら普通のことがまず珍しい。そして各階層の人民たちがやはり口パクで歌いながら登場し、あるいは金正恩お気に入りのサムズアップ(親指を上げるジェスチャー)を見せている。その中には朝鮮中央テレビの放送員たちもいて、かの李春姫までもが満面の笑顔でサムズアップする。更に、海軍兵士たちが登場する場面において、中央で曲を口ずさんでいるのは何と海軍司令官の金明植なのだ。
北朝鮮のMVとしては目新しい映像だらけだが、サビでは金正恩の記録映像や写真が挿入され、最後には、公式の場ではほとんど掲げられていない金正恩の肖像画が白頭山天池を背景に映し出される。幸福に満ち溢れた人民、それをもたらす慈悲深い領導者…実にわかりやすいプロパガンダである。ここで「偉大な領導者金正恩同志」云々と崇め奉ったのでは盛り上がらない。「金正恩」をキャッチーに繰り返した方が“俺たちの首領”という親近感が増す。従って、「親近なるオボイ」は“フランクな個人崇拝”を醸成しようというイメージ政治の一環として創作されたものに相違ない。
もっとも、この曲を見聞きした人民の感想はやはりというべきか、「この歌の歌詞をはじめ、歌画面に出てくる映像が実状とはあまりにも違うと背を向けて苦笑している」(韓国「Daily NK」4月25日)。“呼び捨て”の歌詞が、陰で体制批判の替え歌になる日は遠くないのかもしれない。
(宮塚コリア研究所 専門研究員 新井田実志)
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image by: 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』公式サイト









