後を絶たない柔道練習中の事故。7月13日には京都府警警察学校での柔道訓練中、頭を強くうち意識不明となっていた女性巡査が死亡したことが大きく報じられました。なぜ日本ではこうした痛ましい事故が頻発するのでしょうか。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東さんが、その原因をさまざまな側面から検証。世界と日本の柔道に対する「意識の差」を浮き彫りにしています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:京都府警で柔道事故 日本で”だけ”柔道による死亡者が発生する驚き なぜ日本でだけ柔道事故が繰り返されるのか
京都府警で柔道事故 日本で“だけ”柔道による死亡者が発生する驚き なぜ日本でだけ柔道事故が繰り返されるのか
京都府警で発生した柔道練習中の事故により23歳の女性巡査が死亡した事故は、日本における柔道事故の深刻さを改めて浮き彫りにする。
7月1日、京都府警察学校初任科生の23歳女性巡査が柔道の授業中に「大内刈り」で倒され、後頭部を強打して意識不明の重体となり、13日に急性硬膜下血腫により死亡が確認された。
これで、京都府警で柔道練習による4人目の死者となる(*1)。
そもそも日本では、1983年度から現在まで、中学校・高校の学校内における柔道事故で121人が死亡している。とくに2015年と2016年の2年間だけでも、学校で3人の中高生が柔道の部活動中に命を落としている状況だ(*2)。
他方、驚くことに柔道強豪国を含む他国では、柔道による死亡事故がほとんど報告されていない(*3)。
細かく見てみても、ヨーロッパのトップレベルの柔道大会では、全参加者の2.5%が医療援助を必要とする傷害を負っているものの、重傷は0.5%にとどまっている。
総じて、脳震盪や頚部外傷などの潜在的に非常に危険な傷害の発生率は非常に低い状態だ(*4)。
日本の場合、「柔道は格闘技だから事故が起きやすい」という認識が長年あり、安全対策が遅れていた可能性がある。
世界の場合
日本と世界との柔道事故の状況を比較すると、驚くべきことが分かる。
日本では1983年から2016年の34年間で、中学・高校の学校内における柔道事故で121人の生徒が死亡している。その一方、柔道強豪国を含む他国では、柔道による死亡事故がほとんど報告されていない。
また日本では毎年約10人が重い障害を負っているとされる一方、欧州では高レベルの大会では、重傷事故の発生率は0.5%と非常に低くなっている。
全体的な負傷率を見てみても、日本では具体的な数字は示されていはいないものの、死亡事故や重傷事故が多いことから、全体的な負傷率も高いと推測される。
対して欧州の場合、高レベルの大会での全体的な負傷率は2.5%と報告されており、これはオリンピック競技の中でも最も低い部類に入る。
頭部外傷の発生率は、日本の場合、柔道事故による後遺障害を残した傷害全件のうち、頭頚部傷害が約半数を占めている。対して欧州は、脳震盪や頚部外傷などの潜在的に非常に危険な傷害の発生率は非常に低いという(*5)。
これらの比較から、日本の柔道事故、特に死亡事故や重傷事故の発生率が世界と比べて著しく高いことが分かる。そしてこの差は、指導方法、安全対策、練習環境などの違いに起因する可能性が高い。
世界のではどのような柔道事故を防ぐ対策が行われているのか?
世界の柔道界では、安全性を重視した様々な取り組みが進められている。
まず、ヨーロッパ柔道連盟(EJU)は、試合中の傷害データを収集し、これに基づいて規則の見直しを行っている。その過程で選手に危険をもたらす可能性のある技や防御方法を禁止し、傷害の発生率や部位、種類を定期的に分析して対策を講じている(*6)。
次に、英国柔道協会(BJA)は、子供たちの安全を確保するためのガイドライン「Safelandings」を策定し、技術的な理由なしに過度な乱取りを行わないことを推奨。また、安全な指導ができるコーチの育成にも力を入れている(*7)。
さらに、オランダでは「IPON」という柔道特有の傷害予防プログラムが開発・運用されています。このプログラムにより、傷害のリスクを低減することを目指す(*8)。
これらの対策の結果、世界の柔道界では安全性向上に向けた取り組みが積極的に行われており、一定の効果が見られている。具体的には、予防プログラムの導入、安全ガイドラインの策定、厳格な安全基準の設定などが重要な役割を果たす。
結果、統計的には有意な傷害減少が示されていないものの、しかしトレーナーや選手からは高く評価されており、国際大会でも低い傷害率を示す。これにより、柔道界における安全性対策が効果を上げていることが分かる。
なぜ日本でだけ柔道事故が繰り返されるのか
なぜ日本だけで重大な柔道事故が繰り返されるのか。
第一に、「柔道は格闘技だから事故が起きやすい」という誤った認識が長年存在しており、安全対策の必要性が軽視されていた可能性がある。
この認識により、事故を「運悪く起こった事故」や「武道だからけがはつきもの」と片付ける傾向にあった(*9)。
また、学校や教育委員会が事故調査を十分に行わず、事故原因の分析が不足していった。これにより、同様の事故が繰り返し発生する要因ともなってきた(*10)。
一方、日本の柔道において、過度に厳しい指導や、安全への配慮不足が指摘されている。特に初心者や体格差のある生徒同士の練習など、リスクの高い状況での適切な配慮が不足していた可能性もある(*11)。
そして、そもそも全日本柔道連盟(全柔連)が本格的に安全対策に取り組み始めたのは比較的最近のこと(*12)。長年、組織的な安全対策が不十分だったことが事故の繰り返しにつながっていた。
日本では柔道が伝統的な武道としてあまりにも重視され、時として安全性よりも技術や精神面の鍛錬を優先させる傾向を生んでいた。
結論として、柔道の安全性を導くためには、柔道の“武道”としての側面を徹底的に排除して、スポーツとしての側面を強調しなければならない。
【関連】森保Jが目を背けるアジアサッカーの闇。日本サッカー協会がミャンマー市民虐殺に“加担”!?「親日利権」に群がる面々
【関連】知らぬは客ばかり。無資格で開業できる整体、カイロ、エステの闇
【関連】引退後に自殺した選手も。スポーツ中の脳震盪にどう対応すべきか
【関連】「先生は自分の事を思ってくれている」という日本の生徒28%の衝撃
【関連】スポーツも五輪も所詮は「国の支配」。池田教授が繙く運動の歴史
■引用・参考文献
(*1)「意識不明だった23歳女性巡査が死亡 『大内刈り』で後頭部強打 京都府警で柔道練習による死者4人目」京都新聞 2024年7月13日
(*2)島沢優子「日本の中高生だけが柔道で亡くなる驚きの実態」東洋経済ONLINE 2020年7月25日
(*3)島沢優子 2020年7月25日
(*4)「Judo Injuries Frequency in Europe’s Top-Level Competitions in the Period 2005-2020」PubMed Central 2021年
(*5)小林恵子「『28年間に中高生114人が死亡』日本の学校柔道で悲惨な事故がなくならない根本原因」PRESIDENT Online 2021年10月27日
(*6)PubMed Central 2021年
(*7)Yuko Shimazawa「Only Japanese children die from judo-related injury: 121 deaths over 28 years while zero in leading judo countries overseas」JJAVA
(*8)「Effectiveness of a judo-specific injury prevention programme: a randomised controlled trial in recreational judo athletes」BMI Joutnal
(*9)島沢優子 2020年7月25日
(*10)小林恵子「柔道事故でこれ以上障害者をつくってはならない 『ノーマライゼーション 障害者の福祉』2015年9月号」障害保健福祉研究情報システム 2015年
(*11)島沢優子 2020年7月25日
(*12)小林恵子 2015年
(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年7月20日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com