2020年に提唱された「ワーク・シックバランス」という言葉。病気を抱えていても自分らしく働くことを大切にするという考え方ですが、日本の企業に浸透しているとは言い難いのが現状です。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、多くの人が「自身が抱える疾患を会社に相談できていない」という現状を紹介。その上で、社内で弱音をはける空気を醸成することがいかに重要であるかを解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「私」たちの未来を決めるワーク・シックバランス
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「弱音をはける空気」の重要性。ワーク・シックバランスが決める私たちの未来
「働く時間」が増えれば、当然こうなるであろう数字を、厚労省が発表しました。働いている人のうち、病気やけがで通院している人が2325万人に達し、働く人全体に占める割合は、4割を超え40.6%。2001年の調査の28.2%から12.4ポイントも増加しました。病気のトップは高血圧症が16.6%で最も多く、糖尿病、歯の病気、腰痛症と続きます。
一方、働く人の平均年齢は01年の39.9歳から43.7歳と、4歳ほど上がりました。65歳以上の就業者数は912万人で、働く人の13.6%を占めています。10年前の2012年における65歳以上比率は9.5%でしたから、労働者に占める高齢者の割合はこの10年で4ポイント増えた計算になります。
超高齢社会、労働力不足、老後の不安などなど、「定年」という言葉が恨めしい社会に日本は突入しました。人口構成はピラミッド型からワイングラス型を経て「棺桶型」という、世界に類を見ないカタチになってしまいました。
なのに、会社のスタンダードが変わらないのです。昭和、平成を経ても「バリバリ元気な人仕様」で動き続けています。人口の年齢構成が変われば、社会のスタンダードも変わるはずなのに、病は会社に嫌われている。バリバリ元気じゃない人はまるで「お荷物」のように扱われてしまうのです。
私は口を酸っぱくするほど、「人は仕事・家庭・健康の3つの幸せのボールを持っていて、どのボールも落とすこともなく、ジャグリングのように回し続けられるような働き方、働かせ方をしないと幸せになれない」と言い続けてきました。
数年前に比べると「家庭」のボールは落とさないで働き続けられるようになりました。女性のケア労働負担が改善されるまでには至っていませんが、男性も育児や介護に積極的に参加し、社会的にも許容されるようになりました。しかし、「健康」のボールはどうでしょう。
歳を重ねれば細胞は老いるし、体のありとあらゆる機能は衰えます。いつか死ぬ人間にとって老いも病も避けることはできないはずなのに、病と共に働くことが難しい社会が、いまだに続いているのです。
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
突然病気を告知されても一人で悩むしかない日本社会
どんなに「自分は健康だ」と思い込んでいても、突然に深刻な病気を告知され、これまでの通りの生活は送れない状況になった時、誰にも相談できず、一人で悩むしかない社会って、至極シンプルに「おかしい」と思うわけです。
何らかの疾患を抱えながら働いていることを、会社(所属長・上司)に相談や報告「できない」あるいは「していない」人は、「正社員」でも4人に1人、25.3%、非正規雇用の場合、「派遣社員」では半数近い46.2%、「パート・アルバイト」38.1%、「契約社員」31.5%と正社員を大幅に上回ります。
ワーク・シックバランスという言葉があります。病を抱えながら働く人が、周囲の理解を促しながら仕事と病との調和をとり、病があっても自分らしい働き方を選択できることを目指す考え方です。
70歳まで働くのが当たり前になり、「75歳まで働けそう!」と思える人は確実に増えているのですから、企業にはワーク・シックバランス政策をもっと進めて欲しいです。どんな雇用形態であろうとも、どんな立場や年齢であろうとも、「実は私……」と弱音をはける空気を、できれば会社全体で、あるいは部署全体で、それも難しければ、自分の半径3メートル世界でつくってほしいです。
みなで知恵を絞って、まずは話し合ってみてください。みなさんのご意見、お聞かせください。お待ちしています。
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