かつて自伝で「飲みィのやりィのやりまくりだった」恋愛遍歴を披露したことがある自民党の高市早苗経済安保担当相(63)。「経済成長をどこまでも追い求め、日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げる」という総裁選での改革案もどこかバブリーで肉食系だ。ただ、「飲みィのやりィの」は良いとして「総理が靖国参拝しまくりィの」はわが国経済に思わぬ悪影響をもたらすかもしれない。本稿では米国在住作家の冷泉彰彦氏が、高市氏、石破茂氏、河野太郎氏、小泉進次郎氏それぞれの「改革案」を評価し、その問題点を明らかにする。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:自民党総裁選の政策論議を真面目に受け止める
口からでまかせ?意外に真剣?各候補の「改革案」を吟味する
自民党というのは巨大な組織で、壮大な根回しを経ないと法案が出てこないわけです。また実務レベルの検討は官僚から上がってきます。例えば、政策立案をするシンクタンクだとか、議員がブレーンと練って出してくる議員立法などというのは、非常に限られます。
これに反して、今回の総裁選では、各候補がかなりバリエーションに幅のある「改革案」を出してきているのが興味深いと思います。勿論、その多くは「言うだけタダ」という感じの印象作戦に過ぎないのかもしれません。ですが、どう考えても、通常の国政選挙などと比較すると、自由度は高いようです。ですから、仮にその提案をした候補が総裁選で全くダメでも、また総理総裁になったとして「あれは公約じゃなかった」などと言うにしても、そうしたアイディアがアナウンスされたということの効果はあると思います。
では、メディアの取り上げ方としてはどうかというと、改革案であるにしても、まずは党派的、イデオロギー的な色分けがされて、従来型の対立構図に入れて叩くというのが主であるようです。これは勿体ないと思います。これだけ、色々な提案が出てきているのですから、個々のアイディアについては、そんなに責任をもっての提案ではないにしても、もう少し実務的に、しっかり検証する必要はあると思います。
日本経済復活を掲げる高市早苗氏に、そもそも「日本経済」の定義はあるのか?
まずは、高市早苗候補の「日本経済復活」ですが、まあこれは政策というよりスローガンのようなもので、大真面目に受け取る必要はないのかもしれません。ですが、ここで高市氏の言っている「日本経済」というのが「何か」という定義の問題は重要だと思います。
第二次安倍政権以降の円安政策を通じて、輸出産業が日本に戻ったのかというと、決してそうではありませんでした。人手不足とエネルギー供給の不安定、他国に比べると厳しい環境規制などもあり、製造業の拠点としての日本はまだまだ魅力的な土地ではありません。円安に加えて、サプライチェーンの見直しもされていますが、それでも製造業は戻っていません。
台湾のTSMCの誘致というニュースもありますが、これはもう日本に製造技術を盗む能力がないことを見透かされての進出であり、大喜びはできない性格のものです。では、どうしてアベノミクスが一定の効果を挙げた「と思われている」のかというと、空洞化の中で「海外で作り、海外で売った」日本発の多国籍企業の業績のためです。
これが円安で膨張し、円で見ると株価が上がり、円で見るとその企業の給与が上がっただけです。ただ、「日本の」経済メディアなど「だけ」を見ていると、いかにも日本経済が好調なように見えるわけです。一方で、純粋に日本のGDPとか、円経済圏ということになると、本当に厳しさが続いています。
高市氏の言う「世界一に戻る」というのは、このGDPと円経済圏を復活させるのか、それとも日本発の多国籍企業が活躍すればそれでいいのか、この点は絶対にハッキリさせていただきたいです。
「高市総理の靖国参拝」が良好な日米関係を破壊する理由
高市氏と言えば、「同盟国を説得して、総理の靖国参拝を実現」などと言い出しています。この発言ですが、「今回は勝てない」という敗北宣言として、自分の選挙区向けに言っているのかもしれませんが、そうではないとしたら、どう考えたら良いのでしょうか。
同盟国ですが、まさか台湾だけとか、それでも無理だと思いますが、EUが入るはずはなく、やはり直接の対象はアメリカということになると思います。教科書的に言えば、東京裁判というのは「和平協定」であって、これがベースとなって戦後日本の国体も、サンフランシスコ平和条約による再独立もあるわけです。
ですから、いわゆるA級戦犯の方々は、平和のための犠牲として絞首台に登られ、そのこと、つまり彼らが死を受け入れ、名誉も返上して、日本人と昭和天皇の身代わりになったと理解ができます。そこには機関としての昭和天皇との間で言葉なき黙契があると推測されるし、だからこそ、東条由布子氏以外の遺族の方々は沈黙を守ってきたわけです。
その一方で、松平宮司の全くの独断で行われた戦犯合祀については、これは竹田恒泰さんから直接聞いたのですが、合祀を解除するということは、神道の本質から考えて不可能なのだそうです。
そうなると、総理が靖国に行くというのは、テクニカルには不可能です。このままでは、アメリカに対して東京裁判に対して異議を唱えるという意味になります。また、その場合は、キッシンジャーと周恩来の密約にあるように「在日米軍は日本軍国主義復活を防止する瓶の蓋」だから、瓶の中の行動は「人畜無害」という「アメリカの保証」が解除されてしまうことになります。
そうなると、戦後の太平洋の秩序において重要な軽武装の日本と、自由と民主主義の名において戦勝国となったアメリカによる「かつての仇敵の和解による平和」という概念が崩れてしまいます。そうなれば、仮想敵国の思うツボであり、日本の安全の保障は難しくなります。
まあ、そこまで大真面目に考えなくても、話だけでも持ち出せればという思いもあるかもしれません。仮の話「もう戦後79年も経過している」のだから、現代の日本人が「敗戦国の屈辱」を我慢せよというのは無理なので、アメリカも「総理の靖国参拝」を許して欲しい、そんな「話だけ」です。
仮に「話だけ」としても、ハリス、オバマ、ヒラリーというような民主党本流はまず難しいでしょう。FDRとトルーマンの作った戦後の太平洋国家アメリカという「国のかたち」に反するからです。
高市氏も石破茂氏も、わが国安全保障への考えが甘すぎる?
恐らくですが、高市氏の場合は「トランプなら乗ってくるかも」という思いはあるのではないかと思います。右派と右派の相互理解のような延長で「愛国神社なら行ってやろう」みたいな、個人的な思いつきで自分も面白がって来るかもしれない、そんな感覚です。
ですが、これは難しいと思います。太平洋の安全保障に関して、最新のアドバイザーとしてトランプが頼っているのは、トリシ・ギャバードという女性で、実は彼女は民主党の下院議員でした。ハワイ出身の彼女は、ロシアに接近しつつトランプ陣営に参画しているのです。その彼女の政策は「日本の防衛費倍増は、日本軍国主義復活とハワイ侵略の野心」などという放言で成り立っています。
そんな中で、仮に「トランプなら総理の靖国参拝を許してくれるかもしれない」というような感覚を持っているのなら甘いと思います。それはともかく、どう考えても、この「靖国」発言は総理総裁になる可能性の中からは出てこない性質のものだと思います。
安全保障の問題では、石破茂氏は「自衛隊の米国内駐留」を提案しています。これは、たぶん思いつきの中でも最悪の部類になると思います。石破氏は、訓練目的だとしていますが、その場合は駐留費に加えて訓練費も請求されるでしょう。また、米軍とそのように相互的に一体化するのであれば、当然ながら危険を伴うアメリカの作戦への協力は断れなくなります。
石破氏は、アメリカ軍が日本に駐留し、日本の自衛隊がアメリカに駐留したら相互主義で、地位協定の改定が可能になるなどとしています。これも甘いと思います。在日米軍の米兵に対する司法権が十分に及ばないのは、日米安保が相互的な対等関係でないからではありません。日本の取り調べが弁護士の同席を許していないし、未決囚の扱いが非人道的だからです。刑事司法という点では、アメリカは日本の現状を「途上国以下」とみなしており、そんな条件では被疑者を日本の司法に渡すようなことは、人権の観点から無理だと考えているのです。
そこを突破しないと、地位協定の平等性は確保できません。石破氏は、そのことを知っているくせに、こんな奇手を提案してくるというのは、この人の場合も当選はあまり考えていないのかもしれません。
案の定炎上、河野太郎氏の「年末調整廃止」にはメリットも
次に河野太郎氏の政策ですが、年末調整廃止を提案して、現在は不評で炎上中のようです。もしかしたら、河野氏も勝てるとは思っていない中で、言っているのかもしれません。もっとも、その場合は選挙区対策というよりは、将来への布石でしょう。ですが、このアイディア、別の角度から見てゆく必要があるように思います。
この年末調整の廃止については、面倒だとか、税務署がパンクする、あるいはネットでできてもマイナ必須で管理強化だといった批判が殺到しています。ですが、この問題は2つの別の視点から考えるべきと思います。
まずは納税者意識の劇的向上が期待できるということです。現在、単一の勤務先に勤めて一定以下の収入の人は、年末調整といって「年間の所得税を計算して確定し、差額を調整する」という作業は、勤務先の企業がやってくれます。そして、その調整結果は給料の増減で調整されます。
ですが、調整と言っても多くの場合はそんなに大きな金額にはならないので、特に気づかないことがあります。とにかく、この年末調整があることで、納税者である給与所得者は、自分の年収がいくらで、どのように税額が計算されるのかを完全に会社任せにするわけで、極端な場合は増税や減税にも気づかないということがあります。
これを確定申告にすれば、少なくとも否が応でもネットの画面上などで年収額や、税金の計算の対象から差し引く「控除額」などを知ることができます。少なくとも、年間で自分がどのぐらい税金を納めているのかを、確認するということでは、年末調整の際に受け取る「源泉徴収票」のペラ紙よりは効果があります。
つまり、年末調整と比較すると、納税者意識は高まるし、税制への関心も高まると思うのです。会社任せの年末調整か、個人が納税する確定申告かということでは、そこには大きな違いがあると思います。
もう1つ問題なのは、個人情報の問題です。年税額の計算を会社に任せてそれで終わりにする年末調整制度のために、多くの給与所得者は家族構成、家族それぞれの年収、住宅ローンの状況など、個人情報を会社に申告する必要があります。勿論、「まとも」な会社の場合は、そうして集めた個人情報を悪用することはないと思います。
ですが、仮にハッキングや、一部の不心得者によって情報が漏洩する可能性は否定できません。ですが、仕事は全く関係のない個人情報を「年末調整のため」に勤務先に申告する、しかも税金計算のために原票を出したりするというのは、全く時代遅れの習慣だと思います。個人は個人で完結するという現代の価値観を重視するのであれば、確定申告に移行するのが正しいと思います。
河野氏もそうした議論をしたいのなら、しっかり言えばいいと思います。
実は低所得者にも利点?小泉進次郎氏がなくす「年収の壁」
次に小泉進次郎氏は、年収の壁をなくすとしています。具体的には、現在の「壁の内側」つまり年収で106万円未満の人は厚生年金の対象となっていないのですが、これを対象にするわけです。これに対しては「低所得者からカネを吸い上げる」と批判されています。
ですが、小泉氏の提案は非常に重要な問題提起になっています。それは、年収の低い人も国民年金ではなく厚生年金にするということは、保険料の半分は雇用側が支払うということです。ですから、国民年金よりは少し良い年金を、半額は会社負担で積み立てることができるわけです。
勿論、このやり方の他には、国民年金と厚生年金を一元化するという可能性もあるわけですが、こちらは何十年議論しても進まずに来ています。そうではなくて、とりあえず年収の低い人も、基本的に全員を厚生年金に入れて行くというのは、それはそれで大きな改革になります。年収の壁がなくなるだけでなく、将来の年金が改善されるし、雇用側からの半額負担が加わるというのは悪い条件ではありません。
更に小泉氏は、解雇規制の緩和を提案しています。これは大きな改革ですが、ダメだ、ダメだと騒ぐだけでなく、どう考えても日本においては人材のミスマッチや、世代間不公平など、雇用が硬直化することで生産性が上がらないという問題はあるわけです。これを突破するために、この議論を進めることは重要だと思います。
一つだけ指摘したいのは、解雇規制を緩和するには、労働市場の確立が必要ですが、そのためには「ジョブ型雇用」が必要ということです。また「ジョブ型雇用」というのは、大学にせよ学び直しにせよ、教育とセットで考えなくてはなりません。
解雇されても、学び直しで競争力を高めて労働市場に出て職をゲットするということは絶対に必要です。また雇用においては、漠然としたコミュ力と基礎能力を評価して、後は社内で「自己流のその会社でしか通用しないスキル」を入れて使うという「全く間違った日本流」が横行しています。
そんなことをやっていて、「自社でしか通用しないスキル」しか入っていない人材を大量生産し、コストが上がると切り捨てる、そんなことでは社会全体の生産性は崩壊します。とにかく、「ジョブ型雇用」「そのための教育」「そのためのスキルの標準化」が揃ってはじめて解雇要件の緩和を議論できるのです。
いずれにしても、それぞれに、かなり現状との間には飛躍のある「改革提案」をしているのは興味深いことです。これを機会に、内容について深堀りした議論が喚起されればいいと思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年9月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。メインコラム「乱射事件に揺れるアメリカ」や今週の論点「悠仁親王と、東大という学習環境」「気候変動と環境に関する日米の奇妙な一致」「岸田内閣の支持率が前月より上昇?」もすぐ読めます
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