2019年、就職活動中の学生がOB訪問をした際、企業の社員がわいせつな行為を強要するなどのセクハラ行為をおこなっていることが問題になりました。あれから5年、やっと日本の役所が重い腰を上げたようです。この遅い対応を批判するのは、メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の著者で健康社会学者の河合薫さん。河合さんは、この5年の間に被害が拡大していたことを問題視しながら、就活生だけでなく「大人」もセクハラ被害に遭っている現状についても対応の遅い厚労省を厳しく批判しています。
「法」は誰のためにある?
この国の“お偉いさん“たちは、いつになったら「問題が起きる→相談窓口を作る→問題は解決される」というトンチンカン対策が、トンチンカンであることに気づくのでしょうか。
就職活動中の学生らに対するセクハラについて、厚労省が企業に対策を義務づける方向で検討に入ったと報じられました。
これまで男女雇用機会均等法では、企業に従業員をセクハラ被害から守る対策を課していましたが、その対象を求職者にも広げ、学生との面談ルール策定や相談窓口設置を求めるそうです。
確かにルールを決めたり、相談窓口をつくれば、救われる人もいるかもしれません。しかし、企業に勤める会社員に行った多くの調査で、セクハラ被害に遭ったことがある人の半数近くが誰にも相談していません。しかも、相談をしても「解決しなかった」という人が大半を占めます。こういった結果は、調査によって数字に多少の差があれど、一貫して報告されています。
そもそも欧米の国々では「ハラスメント(セクハラを含む)」そのものを禁止していますが、日本のハラスメントそのものを禁止していません。
国際労働機関(ILO)は、19年6月、職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する初の国際条約「ILO暴力・ハラスメント条約(第190号)」およびそれに附属する勧告(第206号)を採択。条約ではハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行など」と定義し、それらを「法的に禁止する」とし、違反した場合には制裁を課すことを明記しました。
なのに、日本の「ハラスメント防止法」では、使用者に防止措置を義務付けただけ。ハラスメント行為そのものを禁止していなければ、義務を怠ったところで罰則もない。
なぜか?
「法的に禁止」→「損害賠償の訴訟が増える」という流れが予想されるため及び腰になっているのです。
自分の会社で働いている従業員さえ守らないの企業が、立場の弱い就活生を守れるのか。企業に「対策を義務づけるだけ」で守れるわけがない、と厚労省の人たちは1ミリも考えなかったのでしょうか。
2019年2月、ゼネコン大手の大林組に勤める27歳の男性社員が、就職活動でOB訪問に来た女子大学生にわいせつ行為をした疑いで逮捕(後に不起訴処分)。ひと月後には、住友商事元社員の24歳の男性が、同じく就職活動でOB訪問に訪れた女子大学生を居酒屋で泥酔させ、女子大生の宿泊先のホテルでわいせつな行為をしたとして逮捕されました。
就活生へのこれらの行為を、覚えている人は多いと思います。当時、実際に会った学生が記者会見を開きましたが、学生の1人は「仕返しが怖い」とサングラスをかけて会見に挑みました。
この事件から5年です。5年も経って、相談窓口? やっと、本当にやっと動いたと思いきや・・・・怒りしか湧いてきません。
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その間も就活生へのセクハラは起きていたのです。仕方がないと涙した若い学生がたくさんんいたのです。
しかも、セクハラ防止法ができても、“大人”へのセクハラも後を立ちません。
昨年5月には岐阜県岐南町の町長の「ハラスメント疑惑」を文春オンラインが報じ、弁護士3人による第三者委員会が設置された。調査報告書によると、少なくとも
99件のセクハラがあったとされ、特定の女性職員に対し「刑法上の強制わいせつ罪(刑法176条)・ 不同意わいせつ罪」に該当する可能性がある行為も認められています。
町長就任直後の2020年11月からセクハラ被害の訴えがあったものの「町長に注意しても何も変わらないだろう」「むしろ恫喝されて終わる」と幹部たちも対応をあきらめていたそうです。
また、昨年12月にはENEOSホールディングス(HD)の前社長が、懇親会の場で女性に対して破廉恥な言動をしたとして解任されました。一年前の22年8月に高級クラブで下劣なセクハラ行為に及んだとして辞任した前会長に続く愚行です。さらに今年2月にはグループ会社のジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)の会長が懇親の場で女性にセクハラ行為があったとして解任されています。
セクハラは個人間でおこなれるものですが、それを許す土壌が日本の企業や役所にはある。「弱い立場」の人には何をやってもいい、偉くなったら好き勝手できると妄信する輩を生む組織です。
欧米にもハラスメントはあるし、横暴で幼稚な振る舞いをする権力者は存在します、
しかしながら、法律で厳しく規律を定めているので、発覚した場合の痛手が大きいのです。加えて、どんな立場の社員でも弁護士を使って主張の正当性を確かめられる手立てもさまざまな側面から徹底されています。
その根っこに存在するのが「法は私たちをしあわせにするためにある」という共通の価値観です。
繰り返しますが、ルールを決めたり、相談窓口をつくれば、救われる人もいるかもしれません。
しかし、本気でハラスメントをなくしたい、弱い立場の従業員や就活生をしょうもない幼稚な輩から守りたい、と願うなら、ハラスメントそのものを禁止することも必然なはず。
なぜ、ハラスメント行為そのものを禁止できないのか?
禁止しようとする議論はなかったのか、是非とも教えて欲しいです。
ちなみに、厚労省が1月実施した調査によると、インターンシップ中に1回以上セクハラ被害を受けた学生の割合は30.1%。「性的な冗談やからかい」が38.2%で最も多く、「食事やデートへの執拗な誘い」(35.1%)や「性的な関係の強要」(19.7%)もあったそうです。
みなさんのご意見も、お聞かせください。
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