今も「漫画の神様」 と呼ばれて愛され続けている漫画家・手塚治虫が1973年から78年にかけて『週刊少年チャンピオン』で連載した名作『ブラック・ジャック』。孤高の天才医師を主人公に読み切り連作のスタイルで連載された本作ですが、今まで単行本に収録される際は、雑誌掲載時のように鮮やかなカラー印刷のページを再現したものはほとんどありませんでした。そんな、雑誌掲載時のカラーページ部分を当時の色のまま掲載した『ブラック・ジャック ヒストリカル・カラー・ピーシズ』(立東舎)が11月15日に刊行されました。連載開始当時に人気低迷の時期だったという手塚ですが、本作品は連載時にどのような「色」を読者に魅せていたのでしょうか。
あのエピソードには色が付いていた。
私は昔から、マンガを雑誌で連載中に追いかけるよりも、単行本になってから読むことの方が多かった。なぜなら、我が実家では「マンガ禁止令」が出ていたからだ。唯一、読むことを許されていたのが藤子不二雄(当時はFでもAでもなくこの名義だった)の『ドラえもん』の単行本だけで、だから小学生のときにみんなが読んでいた『週刊少年ジャンプ』は、友達の家で読むか、街の小さな本屋で立ち読みするしかなかった。まだ、コンビニでマンガを売っている時代でさえなかった。
なので、手塚治虫の作品を初めて読んだのも友人の家だった。彼の家には80年代に『手塚治虫漫画全集』(講談社)が全巻(おそらく第3期まで)揃っていて、団塊世代である彼の母親がマンガ好きだったこともあって、あらゆるマンガ雑誌を読むことができた。私は自宅ではなく、彼の家で数多くのマンガを読むことができたことで、のちに『ガロ』などの大人向けマンガに興味を持つことになる。
そんな経緯から「ブラック・ジャック」を初めて読んだのも彼の家だった。しかし、ご存知の通り最終的に全400巻に及んだ『手塚治虫漫画全集』は全ページ白黒である。もちろん、私が読んだ「ブラック・ジャック」もモノクロームの世界だった。雑誌に「ブラック・ジャック」が連載され始めた1973年当時、私はまだ生まれていない。連載が終わったのも私が3歳のときだから、もちろん覚えているはずがない。私の脳内で「ブラック・ジャック」はずっとモノクロのマンガとして刻まれていたのである。
『ブラック・ジャック ヒストリカル・カラー・ピーシズ』
立東舎・刊 定価6,600円(税込)
今回、手塚治虫関連の貴重な単行本を多く発行している立東舎から、昨年大好評だった『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』につづき、初出時に4色や2色の鮮やかなカラーページで発表されたエピソードを中心に17編で編んだ『ブラック・ジャック ヒストリカル・カラー・ピーシズ』が刊行された。
これでやっと、あの「ブラック・ジャック」をカラーページでも読むことができるのだ。とはいえ、主人公のブラック・ジャックこと間黒男(はざま・くろお)は、その名に違わず全体的にモノクロームの色合いなのではあるのだが。しかし、今回の単行本を見て驚いたのは、その色彩の鮮やかさに加え、2色刷り印刷の美しさである。朱色と黒の2色だけであるはずなのに、脳内であらゆる色に変換されて見えるのだから人間の脳は面白い。この日本独特の「2色刷りマンガ」の伝統は、もっと高く評価されても良いのではないだろうか。
本書の宣伝文によると、「現存する原稿を使用した復刻で、雑誌初出版での収録が叶ったファン待望の企画といえる。B・Jの出自にまつわるエピソードを余すことなく選出したことから、本書単独でも楽しめ、なかでも名作の誉れ高いエピソード「友よいずこ」は、無修正の生原稿状態で掲載することで、手塚治虫の熱量が感じられる趣向だ」とのこと。つまり、初めて「ブラック・ジャック」を読む人でも、主人公の出自に関する話が盛り込まれていることで、十分に楽しむことができる構成になっているということだ。
また、奇跡的に発掘された未使用ネームと未発表原稿、アニメ作品の絵コンテ、直筆のシノプシス原稿など貴重な素材も多数収録というから、もともと手塚の熱狂的なファンはさらに楽しめる内容となっている。当然ながら、本書も企画・編集・解題の執筆はアンソロジストの濱田髙志である。
そういえば、今回の単行本を読んで、主人公の首元にあるリボンタイにも色がついていたことを知った。このリボンタイは年代によって3色ほどに変化したそうだが、はたして何色に変化していたのかは、是非『ブラック・ジャック ヒストリカル・カラー・ピーシズ』を読んでご自身の目でお確かめいただきたい。(文中敬称略)
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著者:手塚治虫
定価:6,600円(本体6,000円+税10%)
発売日:2024年11月15日
発行:立東舎/発売:発行:リットーミュージック
image by: ©️TEZUKA PRODUCTIONS