昨年に新しく石破政権が発足しましたが、自民党総裁選に立候補した一部の政治家によって声が上がったのが「解雇の金銭解決」について。あらゆるメディアでもこの件について取り上げられましたが、誤解が生まれているかもしれないと考えるのはメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』の著者である新田龍さんです。新田さんは、海外と比べた日本の「解雇規制」についてなどにも触れて解説しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「解雇の金銭解決」にまつわる誤解を解く
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不安の声が集まる「解雇規制」の見直しは良い?悪い?
先般おこなわれた自民党総裁選に際し、立候補した政治家の一部が「金銭解雇も含めた解雇規制の緩和検討」に意欲を示したことが話題となった。メディアでは「解雇の金銭解決で人材流動化!」と騒がれたため、もしかしたら読者諸氏の中には「解雇規制緩和」=「社長の一存で簡単にクビを切られるようになる」と捉え、雇用環境の悪化を心配する方がおられるかもしれない。
しかしそれは早計だ。正確には「解雇を受け入れる代わりに、労働者が金銭を受け取る『金銭解決制度』の導入を検討」というお話であり、解雇にまつわる明確なルールが定められていない現状を脱却でき、労使双方にとってメリットを実感できる仕組みともなり得る話なのだ。
今回は、筆者が導入を大いに賛成する「解雇の金銭解決制度」につき、そもそもの「解雇の種類」、一般的に認識されている「日本には厳しい解雇規制がある」との言説の誤解と実態、そして「解雇を金銭解決できることのメリット」について解説していこう。
我が国における「クビ」、4つのパターン
我々が俗に「クビ」と呼ぶ「解雇」とは、会社の都合によって従業員との雇用契約を解除することだ。我が国において解雇は、その原因別に大きく「整理解雇」、「懲戒解雇」、「普通解雇」の3種類が存在する。
「整理解雇」
経営不振による合理化など、経営上の理由に基づく人員整理として行なわれる解雇。「リストラ」とも呼ばれる。ほか2つの解雇とは違い、従業員側に直接的な落ち度はない。
「懲戒解雇」
会社の規律や秩序に違反した従業員に対して懲戒処分としておこなわれる解雇。違反理由としては「犯罪行為」や「職場の規律違反」、「業務命令違反」、「機密漏洩」などがあり、懲戒処分としては、戒告、譴責、減給、停職などがある。懲戒解雇はこれら懲戒処分のうち最も重いものである。
「普通解雇」
上記以外の理由で、従業員側の「勤務成績不良」、「能力不足」、「協調性の欠如」といった、就業規則に定める解雇事由に基づいておこなわれる解雇。
これらはいずれも会社側が一方的に契約解除を通告するものだが、似ているようで異なるものとして「退職勧奨」という手続が存在する。
「退職勧奨」
会社側が、退職してほしい従業員と個別に交渉して、自主退職を促すこと。会社からの一方的な処分ではなく、本人の合意があってはじめて成立する。
「日本の解雇規制は厳しい」は本当か?
映画やマンガでは、ヘマをした部下に対して上司や経営者が「お前はクビだ!」などと宣告する場面をよく見かける。しかし、これができるのはあくまでフィクションの世界や、日本とは法律が異なる海外の話。我が国ではそう簡単に、従業員のクビを切ることはできない。労働者の雇用は手厚く守られているからだ。実際、「日本は海外に比べて解雇規制が厳しい」「従業員のクビを切るのは法律違反だからダメ」と認識されている方も多いだろう。
しかしそういった一般的な認識とは裏腹に、実は我が国の解雇規制は世界的に見たら「弱い方」だというと、意外に思われるかもしれない。だが本当なのだ。OECD諸国で比較した場合、日本は解雇規制が弱い方から9番目。アメリカより厳しく、欧州諸国より弱い、という位置づけなのである。
実は我が国において解雇を直接的に制限する法律といえば、労働契約法第16条(解雇権濫用禁止)くらいしか存在しない。そう、「禁止」ではなく、あくまで「制限」なのだ。
労働契約法第16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
それどころか、民法では「期間の定めのない雇用契約はいつでも解約の申し入れをすることができる」との規定があるし、労働基準法第20条でも「30日前に予告するか、解雇予告手当を払えば、従業員は解雇できる」と書いてある。
民法第627条
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
労働基準法第20条
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
ここに挙げたとおり、法律の条文だけをよく読めば、我が国において解雇が厳しく規制されているようには恐らく見えないはずだ。法律に明記されているわけだから、「解雇予告手当1ヵ月分を払えば自由にクビできる」とお考えの方もおられるだろう。
しかし、これは「あくまで法律上は」という建前上のお話に過ぎない。実質的に、我が国には法律とは別にもう一つのルールが存在するのだ。それが「判例」、すなわち「裁判で解雇が無効だと判断された事例」である。
これまで不当解雇にまつわる裁判が数多おこなわれ、個々のケースについて有効か無効かが判断されてきたという「歴史の積み重ね」があり、それらの判例が法理として現行の「整理解雇の4要件」となっている。
1.人員整理の必要性
2.解雇回避努力義務の履行
3.被解雇者選定の合理性
4.解雇手続きの妥当性
ということで実際は、過去の判例とこの4要件により、根拠ある合理的理由がなければ解雇は無効となってしまう。この「解雇が合法的に成立するための要件」認定は極めて厳しく、「実質的に解雇が有効になるケースはごく稀である」というのが現状なのだ。
したがって、「日本は解雇規制が厳しい」と言われているのは、「解雇を規制する法律がガチガチに固められていて、解雇したら即ペナルティが課せられる」といった意味ではなく、「解雇自体はできるが、もしそれが裁判になった場合、解雇無効と判断されるケースがきわめて多いため、実質的には解雇が困難」という表現がより実態を正確に表していると言えるだろう。
会社から不当に解雇された場合、労働者側から裁判に訴え出れば有利であることは間違いない。実際、不当解雇の被害者に対して「会社を訴えればいいのに」とアドバイスがなされるケースもよく目にする。
ただし実態は大きく異なり、そもそも不当解雇から裁判に至るケースは少数派なのだ。
ちなみに令和3年の1年間では、クビにまつわる労働局・労基署の相談件数が約3万3,000件あったものの、そこから実際に裁判に至ったのはわずか1,000件程度。やはり訴訟を提起するには相当の弁護士費用と肉体的&精神的エネルギー
が必要であり、終結までにはかなりの時間も要する。結局判決にまで至らず、和解で終わることも多い。独立行政法人労働政策研究研修機構(JILPT)の調査によると、令和2年~3年の不当解雇にまつわる裁判において、解決金の中央値は和解が300万円、労働審判は150万円という結果になっている。
事実上「日本の解雇規制は厳しい」はずなのに、外資系企業や中小企業ではアッサリとクビになっているのはどうして?
ここまでの背景事情をお分かり頂ければ、「日本の大企業において、解雇は相当困難なように思えるが、なぜか外資系企業や中小企業では普通にバンバン解雇がおこなわれている。ダブルスタンダードなのでは?」という素朴な疑問にも答えが導き出せるはずだ。
理由はシンプルで、ーーー。(『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』2025年1月7日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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