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日本に「善きサマリア人の法」が未導入の理由

「善きサマリア人の法」は、日本では導入されていない。その理由の一つは、現行法制度での対応の可能性にある。日本の民法第698条には「緊急事務管理」という規定があり、これが善きサマリア人の法と類似の機能を果たすと考えられている(*6)。

この規定によれば、他人の生命や財産に対する急迫の危険を避けるために行動した場合、悪意または重大な過失がない限り、損害賠償責任を負わないとされている。この既存の法律が、ある程度の範囲で救助者を保護する役割を果たしているため、新たな法律の制定の必要性が低いと判断されてきた。

しかしながら、緊急事務管理の規定だけでは不十分だという声も存在。善きサマリア人の法の導入を支持する人々は、現行法では救助者の保護が十分でないと主張する。例えば、医療専門家が緊急時に最善の措置を取れなかった場合の法的責任の問題や、一般市民が救助を躊躇する心理的障壁の存在などが指摘されている。

善きサマリア人の法の導入に関する議論は、日本でも過去に行われてきた。1994年に旧総務庁の委員会で検討されましたが、当時は現行法で十分対応できるとの結論に至る(*7)。しかし、その後も議論は続いており、2017年の時点でも、緊急事務管理の規定が十分な範囲をカバーできているかどうかについては、まだ明確な判例の蓄積がないことが指摘されている。

「善きサマリア人の法」、各国における適用状況

  • アメリカ合衆国:ほとんどの州で善きサマリア人の法理に基づく制定法が存在
  • カナダ:州レベルで定められている
  • オーストラリア:ほとんどの州で善きサマリア人の法による救護者の法的保護がなされているが、適用範囲は州によって異なる
  • フランス:危険にさらされている人を救助するか、少なくとも助けを求めることが法律で義務付けられている。また、市民救助者の介入によって損害が生じた場合、重大な過失または故意の過失がある場合を除き、すべての民事責任が免除される
  • ドイツ:救護が必要な人に応急処置を提供しなかった場合、刑法323条に基づいて処罰される可能性がある。ただし、状況が悪かったり、応急処置が提供できなかったことで救護できなかった場合は起訴されない
  • アイルランド:2011年の民法改正で「善きサマリア人」またはボランティアの救護結果に関する法的責任が免除。ただし、悪意によるものや重大な過失については別途考慮される
  • 日本:2025年2月現在、善きサマリア人の法に該当する法律は存在しない。ただし、民法698条の「緊急事務管理」の規定が類似の機能を果たすとされている

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