5.紙の本の意味の再定義
AIとデジタル技術の進化に伴い、電子書籍やオーディオブックが普及している。しかし、こうした状況だからこそ、紙の本を読む行為に新たな意味が生まれつつある。あえて紙の本を選ぶことは、単なるノスタルジアを超えて、意図的な選択としての価値を持つようになっている。
第一に、紙の本は「所有感」と「物質性」を与える。デジタルデータは雲の上の存在であり、触れることができないが、紙の本は手に持つことで「自分のもの」としての実感が得られる。
本棚に並べられた本は、読書体験の記憶を視覚化し、個人の歴史を物語る。また、書き込みや折り目といった痕跡は、読書を個人的な旅として残す役割を果たす。AIが提供する効率的なデジタル読書とは対照的に、紙の本は「時間」と「個性」を象徴する存在となりつつある。
第二に、紙の本は「デジタルデトックス」の手段としても機能する。スマートフォンやパソコンから離れ、紙の本に没入することは、現代人にとって貴重な休息の時間だ。
この点で、紙の本を読む行為は、AI時代における「人間らしさ」を取り戻すための抵抗とも言えるだろう。効率や利便性を追求するAIに対して、紙の本は「非効率さ」や「手間」を楽しむ贅沢を提案する。
6.AI時代における読書の未来
AIの誕生は、読書の役割と意味を根本的に変えた。知識を得るための道具としての読書はAIに代替されつつあるが、人間は読書に新たな目的を見出しつつある。
気分転換やリラックス、感情を育むための読書は、AIでは代替できない人間らしい体験として残るだろう。さらに、紙の本はデジタル化が進む中で、あえて選ぶ価値を持つ存在として再定義されつつある。AIが効率と合理性を提供する一方で、読書は非効率で感情的な営みとして、人間の内面を支える役割を担う。
未来において、読書は知識の追求から、心の充足や自己発見へとその重心を移すかもしれない。そして、紙の本を手に持つ行為は、AI時代における人間のアイデンティティを象徴する一つの形となるだろう。AIと共存する中で、読書がどのように進化し、人間が何を求めるのか――その答えは、私たち自身の選択にかかっている。
■編集後記「締めの都々逸」
「情報だけなら チップでいいよ 本はアートで生きてゆく」
ある意味、アートって無駄なものですよね。でも、無駄がかっこいいし、無駄こそ、人間が取り組むべきものです。
情報のパッケージの本は必要なくなり、本そのものがフェティシズムの対象になるのではないか、と思う。
例えば、赤い紙に印刷してたり、文字ではなく、粘土板の楔形文字で書いてあったり。本を切ったら血が出るような本とか。
やっぱり、最後に残るのは詩集かな。いろいろと妄想が膨らみます。(坂口昌章)
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