貧困に喘ぐ働き手の約4割を占める非正規労働者
民主主義は独裁と違ってほぼすべての国民が参政権を持っているが、有権者の教養や知識や倫理性はピンキリで、むしろこれらの属性が劣っている人の方が優れている人よりも多いだろう。それでも、そういった集団の判断の方が、一人の「哲人」の判断より、決定的な間違いを犯す確率は少ない。それはなぜかというと、ほとんどの人は、自分にとって何が得かという健全な利己的な基準で投票行動をするが、利害は人によって異なるので、政策が極端に偏らず中途半端になり、最適にはならずとも最悪にもならないことが多いからだ。
イギリスの元首相のチャーチルは「民主主義は最悪の政治形態だ。但し、その他のすべての政治形態を除けば」との名言を吐いているが、民主主義は効率が悪く最適には程遠い政治形態だが、最悪になることを止める点に関しては、他の政治形態よりも優れていることは確かだと思う。
極少数の聖人を除いては、人は基本的には利己的にふるまう。それは選挙の時の投票にも反映されて、誰に投票すれば、自分にとって最も得になるかを考えるのが普通だ。単純に言うと、自分の収入が増える施策を遂行してくれる(くれそうな)政党や政治家に投票しようとするのが、真っ当な選挙権者だろう。
経済が右肩上がりの時は、国民の平均的な収入も徐々に増加するので、日本では、長い間、現政権に任せておけば、さして問題はないと多くの国民は思っていたようだ。1990年代初頭にバブル経済が崩壊するまで、政権を握っていた自民党の支持率はほぼ40%台をキープしていた。バブルが崩壊した後も、1997年まで、国民の平均年収は多少伸びたが、その後は伸び悩み、現在まで、450~460万円前後で推移している。
株価は1989年に最高値を付けた。しかし、1990年代に入ると、バブルが崩壊して株価や地価が暴落し、企業倒産が相次ぎ、日本はデフレスパイラルに陥った。2001年に発足した小泉内閣は、不況に苦しむ企業を助けるために、労働者派遣法を改悪し、企業に手厚く、派遣労働者に惨い制度を推進した。それで企業の業績は回復基調になったが、正規労働者以外の派遣労働者を含む非正規労働者は年収が増えず、貧困に喘いでいる。ちなみに労働者の約4割は非正規労働者だと言われている。
バブルが崩壊した後の1990年代半ばから2000年代前半にかけて、企業は新規社員の採用を控えたため、この年代に就職活動をした人々(現在の年齢で41歳から55歳くらいまで)は就職氷河期世代と呼ばれ、今も正規労働者の割合が他の年代に比べて少ない。毎年昇給する正規労働者と違って、非正規は身分の保証がなく、昇給も望めないため、未来への希望がなく、半ばやけくそになっているか諦めている人も多いに違いない。
本来であれば、選挙権者は自分の収入を少しでも上げてくれる政治家や政党に投票するに違いなく、そうなれば、国民の平均年収は徐々に底上げされてくるはずである。かつて、日本は総中流と言われ、極端な金持ちも極端な貧乏人も少なかった。経済的に中流の人たちは下流の人たちよりも政治的関心が強く、中流が大多数を占める国では、政権はこの人たちの上昇志向に応える必要があった。日本の衆議院議員総選挙の投票率は1946年の第22回から1990年の第39回まで、60%台後半から70%台半ばを推移して、60%を切ることはなかった。
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