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高市政権も超短命に終わるのか?「日本版トラス・ショック」で“日本初の女性首相”が退陣に追い込まれる最悪シナリオ

21日に衆参両院で行われた首班指名選挙に勝利し、第104代内閣総理大臣に選出された高市早苗氏。この結果に至るまでの過程で「日本政治のある対立軸」が浮き彫りにされたと、作家で米国在住の冷泉彰彦さんは指摘します。冷泉さんは10月21日早朝に配信した自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、その3つの対立軸について詳しく解説。さらに高市新首相に問われる「資質」について論じています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:政局が浮き彫りにした、対立軸の三角形

ついに高市政権が誕生。混乱の政局が浮き彫りにした「対立軸の三角形」

高市早苗氏の自民党総裁選出、これを受けての公明党の連立政権離脱で混乱状態にあった政局は、自民党と日本維新の会が連携することとなりました。本稿の時点では連立協定にもサインがされており、まさに本日10月21日には両院本会議による首班指名を経て高市内閣が発足する見通しとなったのです。

ちょうど一週間前に、連立工作が最もカオスとなっていた際に、政党間の「組み合わせの相性」について検討作業をしました。その内容としては、

という相互の関係性です。この作業を行っている中では、例えばですが、国民民主が立憲を嫌う場合、公明が麻生を嫌う場合に「イデオロギーや軍事外交」の対立がある「フリ」をしているが、実はそうではないという議論もしました。その議論の中で「一つ、提携の可能性がある」のは自民(高市=麻生)と、維新の組み合わせ」ということも浮かび上がっていました。

【関連】崖っぷち高市「自民と維新で連立」仰天シナリオが否定できぬ理由。立憲+公明による“自民切り崩し”で「石破首班」のウルトラCも浮上

これは上記の「政党間の組み合わせの相性」を裏返してみると、高齢者の利害に厳しいということでは、組める可能性があるからということで浮上したものです。図らずもこの指摘は的中したわけです。もっとも、この間の議論では後期高齢者医療の問題は表面化はしていません。

しかしながら、公明が26年続けた自民との提携から下りるというのは、どう考えても「後期高齢者の医療費自己負担率を現役並みの3割に」という「麻生(=高市)」路線には乗れなかったという説明以外には筋は通りません。そして、仮にこのストーリーを中心にすると、自民党(高市=麻生路線)に最も近いのは維新ということになります。

その維新に対しては、高市サイドは当初「複数閣僚の入閣」というオファーを出したようですが、吉村氏はこれには乗らず、結局は閣外協力ということになりました。しかも、衆院議員の「50減」という主張について、とりあえず高市氏の「イエス」という口約束まで取り付けています。

しかしながら、これも想定される範囲であり、そもそも埋没の危機に瀕していた維新としては当然の行動と言えます。準与党に入って自民との選挙協力で、いくつかの選挙区で延命し、なおかつ比例で何人かを当選させつつ、とにかく政党としての延命をする中では、閣外協力にして野党イメージを残し、議席数減という「身を切る」リストラをその口実とするのが精一杯ということなのだと思います。

事態がここまで進行した中で、日本政治の現時点での構図が明確な形として浮かび上がってきました。それは対立軸の三角形(トライアングル)とでも言うべきものです。

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高市政権にとって全く他人事ではない「トラス・ショック」

まずトライアングルの1つの角は、今回勝利した「麻生=高市=維新」の路線です。この路線ですが、最優先事項としては国債の暴落阻止という1点に絞られると思います。現時点では、仮に「巨額の国家債務は、膨大な個人金融資産と相殺される」という神話が行きわたっています。つまり、日本の個人にはカネがあり、これが郵貯や銀行預金を通じて国債を引き受けている、だから国全体としての対外債務は少ないという考え方です。

あらゆる楽観論のベースにある「神話」ですが、恐らく麻生氏の周辺には相当な危機意識があると推察されます。その意識ですが、まずトランプ政権の独特の「アメリカ・ファースト」という経済観があります。通常、アメリカの保守政権というのは、「強いドル」を志向します。強いドルというのが、イコール強いアメリカという印象になるだけでなく、強いドルに引き寄せられて世界のカネがウォール街に集まるからでもあります。

ですが、トランプ政権は全く違います。グローバリズムに最適化した経済を推し進めて、空洞化を加速させてきたクリントン=ブッシュ=オバマ路線ではなく、製造業の国内回帰を目指す中では、為替政策として「ドル安」を明確に志向しています。現時点では、各国との金利差が為替変動要因として大きな要素となっていますが、そんな中でトランプ政権はFRB(連銀)に圧力をかけて「利下げ」から「ドル安」を引き出そうと躍起になっています。

その一方で、日本の当面の国益は穏やかな円安です。金利を抑えて円安とする、そうでないと巨大な国債残高への利払いで国家財政は即死の危険があります。また、円安のために企業業績は膨張して見えるし、インバウンド観光などの産業も成立するということもあります。勿論、過度の円安は輸入品の高騰を招き、特にエネルギー、資材、食糧の高騰は国民生活を直撃します。

ですが、これに対する物価対策を含めて、とにかく支出は切り詰めて財政規律を守る姿勢を示して、急激な国債高騰や金利アップを避ける、これが麻生路線だと思います。大事なのは、穏やかな円安です。仮に、円安が目立つようになれば、トランプ政権の介入を招き、投機筋は一瞬にして超円高へ向けて走る危険があるからです。

ここで意識されていると思われるのが、2022年に英国で発生した「トラス・ショック」です。ちょうど3年前の出来事ですが、麻生氏などからは「全く他人事ではない」事件だと思われていると思います。リズ・トラス氏は、保守党の有力な政治家で、ジョンソン政権崩壊を受けて9月6日に組閣しました。

トラス内閣の短い期間中に、エリザベス2世の崩御という大事件がありましたが、それ以上に大きな事件であったのが「トラス・ショック」です。簡単に言えば、自国通貨の下落による「エネルギー高からの生活苦」を解決するために、「大減税とエネルギー価格の抑制」を急激に発動しようとしたのです。

問題はその財源が明示されていないことでした。そこで国際通貨市場はポンドへの信認を失い、「ポンド下落、英国債暴落、金利高、株安」が一気に押し寄せました。その結果として、就任40日後に支持率は「7%」まで暴落して、10月20日にはトラス首相は辞任表明へと追い込まれたのでした。在任期間は英国史上で最短の49日でした。

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日本版「トラス・ショック」が起こりうる流れ

このストーリー、現在の日本の政局に極めて酷似しています。まさに、日本では、野党が一斉に「減税」を叫び、与党も選挙に勝つためには「給付」で対抗しなくてはならない状況があります。その原因が自国通貨安のためのエネルギー高騰だという点もソックリです。

仮に、政局が動いて「財源なき減税」を強行する勢力が勝利したら、この「トラス・ショック」のような超円安が起こるかもしれません。しかし、麻生氏の論点はそこではないと思います。日本版「トラス・ショック」が起こるとしたら、そんな単純な話にはならないからです。恐らく起こるのは次のような流れです。

財源なき物価対策を進める政権が誕生

→円安が加速

→トランプ政権が激怒して口先介入

→投機筋が殺到して一気に超円高に

→日本円の最後の輝きを見て、海外投資家は一斉に日本の不動産や株を利益確定に動く

→多国籍企業や資産家も、日本国内資産の外国への逃避に走る

→不動産の暴落、不動産関連産業の壊滅的な不振、場合によっては金融危機

つまり、トラス氏の場合は、ポンド安が暴走し、その後の彼女の対応が支離滅裂だったために、政権崩壊となったわけですが、日本の場合は円安が円高を誘発して破滅的な状況が起きる可能性があるわけです。

麻生氏が、高市氏を担ぎ、その麻生=高市体制の自民党が公明を切って維新を引き寄せたのには、この問題が大きいと考えられます。従って、実際の高市政権というのは、

  1. 可能な限りの財政規律を、コストカットを含めて追求。カット対象は、「官公労」「後期高齢者医療」「新規ハコモノ」など。場合によっては「強靭化対策」の削減まで進む可能性も。
  2. とにかく穏やかな円安を追求。日銀との連携で、国が破綻せず、またトランプ政権が妙な介入もしない、ギリギリの狭いゾーンを進むことに。
  3. 物価対策は控え目。
  4. 3.の代わりに、何らかの右派ポピュリズム施策で時間を稼ぎ、ニュースの話題を提供へ。参政党ほどでなく、保守党ほどでもないが、ある種の高市パフォーマンスを繰り出すことに。まずは、ソーラーパネルや洋上風車を叩くという辺りか。

というような格好で始動するのではないかと思われます。特に、医療費に関しては、自民と維新の合意文書には「医療費窓口負担に関する年齢によらない真に公平な応能負担の実現」という文言が入っており、やはり本気だということのようですし、これが公明離脱の主因だと見て良いと思います。

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「麻生=高市路線」の他に存在する「残りの2つの角」

この麻生=高市路線をトライアングルの1つの角だとするならば、今回の政局で敗北し、退場となったのは「立憲=国民」路線だと思います。この2つのグループは、そもそも、全くの相反する政策を持っており、結果的にその「矛盾点を無視」しながら、共闘を模索したことで、両党ともに壊滅的なダメージを受けてしまいました。

まず、国民民主というのは、結局は「財源なき物価対策」ということでしかないということが、かなり暴露されてしまったと思います。つまり、そのまま本当に勢力が結集できて、そのまま玉木内閣ができたとしたら、「トラス・ショック」の再現になってしまうというわけです。財源なき物価対策ということですから、全くもって2022年のリズ・トラス氏の自爆組閣と瓜二つだったからです。

同時に立憲というのも、官公労利権は守りつつ、財政規律には厳しく、なおかつ比較的強い円を志向という路線が、少なくとも2010年前後ではまだ許されたわけです。ですが、2025年の現在では成立する条件がないことが明らかとなったのでした。更に、ここに公明が加わります。公明の利害は、多くが高齢化した支持層の利害で、恐らくは後期高齢者の医療費死守が最後の砦だったのでしょうが、高市氏を「切った」ものの、野党に転落することで崩壊への流れになってしまいました。

勿論、ここまでの2つの「トライアングルの角」については、現時点でもあまり表面化はしていません。「麻生=高市」路線も、「立国公」路線も、漠然としたイデオロギーの対立に見せかけていますが、本質は違います。財政金融政策に限りがある中での、政治的闘争という性格で見ていくべきです。

さて、「トライアングル」の残りのもう一つの角は、構造改革です。国の財政破綻を何とか回避する、そのためには税収アップにつながる「経済成長」が最も正しい方法になります。また経済成長は財政を好転させるだけでなく、ダイレクトに国民の生活水準向上にもつながります。ですが、現在の日本経済は成長の条件が足りません。

どういうことかというと、日本経済には根本的な2つの障害があるからです。

1つは「AI実用化どころかDXすら先進国水準から遅れを取っている」という問題があります。

2つ目は、「金融と先端技術の共通言語である英語が、ビジネス現場に十分に浸透していない」という障害です。

この2つの問題があるために、「日本経済はグローバル経済に適応できず、従ってグローバル経済の繁栄に直接リンクできない」のです。例えばですが、この2つの条件がなくても「ドルを担いで消費者が円圏に来てくれる」観光業というものに過度に依存しているのも、「そうするしかグローバル経済にリンクできない」からだとも言えます。

この2つの問題、つまりDXと英語の問題は、雇用改革の問題と裏表の関係にあります。DXと英語に適応できなくても、正規雇用であれば雇用は守られます。反対に、そのような人材を使うには紙と日本語に縛られた事務仕事が止められないのです。勿論、そうは言っても今は2025年です。21世紀に入って4分の1は既に過ぎています。ですから、多少まともな規模と質を持っている企業は、この2つには対応しつつあります。

ですが、反対に多国籍企業の一部だけしかDXと英語には対応していないし、対応していない労働力を抱えているわけです。ということは、そうした企業がグローバル経済にリンクさせて行くには、リンクしていない人材を入れ替える事が必要になってきます。そこで障害になるのが解雇規制の問題になります。

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どこかの時点で必要になる「世論を説得する」という作業

構造改革ということでは、農業改革も必要です。零細な兼業農家が高齢化する中で、ブランド米の安定な高値確保のために、JAはブランド米の輸出に走っています。このままですと、安価なコメは輸入米になり、日本人が日本のコメが食べられないという状況が進みます。この問題を変えるには、農業の大規模化しか対策はないのですが、その改革は進んでいるものの加速はしていません。

もう少し加速しないと、日本の農業は世代交代に失敗してもっとずっと細ってしまうかもしれないのです。こうした農業改革、そして日本経済がグローバル経済への適応力を持つための構造改革は、いずれも待ったナシです。

あまり過大評価をするわけには行きませんが、少なくとも菅義偉という人は、こうした構造改革を進めて、日本経済をグローバル経済にリンクさせようとした人です。その意味で、今回の総裁選でも菅=小泉ラインというのがこの軸、すなわち「トライアングルの3つ目の角」を代表していたと思われます。

では、この構造改革というのは敗北したのかと言うと、必ずしもそうではないと思われます。ですが、まだそこまで有権者の若返りが進んでいない中では、こうした構造改革は「票になりません」。総裁選での勢いが失速したというのも、各国会議員における最大の関心事である「次の選挙で落ちない」という本能に照らして、構造改革を前面に出す姿勢は嫌われたのだと思います。

この構造改革ですが、あれだけ政治的安定を実現した第二次安倍政権においても、3本の矢の3番目は空振りに終わったわけです。非常に難しいものがあるわけで、高市政権の中では、どのように進めていくのか、ここは非常に気になる部分です。少なくとも、ソーラーパネルではなく原発の安全な再稼働だというようなことも、政策合意書には書かれていますが、これがイデオロギーのためのイデオロギーではなく、日本経済を支える構造改革としての軸として据えられているのかどうかは、しっかり見ていく必要があると思います。

いずれにしても、今回の政局では、まず「立国公」による「大きな福祉」+「財政規律」+「財源なき物価対策」という、それこそ水と油と空気を一緒に論じるような勢力が潰れたのには、どうしようもない必然があったと言えます。

そのうえで、構造改革よりも、見かけはタカ派であり、同時にポピュリストに見えるが、財政規律を喫緊の課題としているであろう、高市(麻生)政権が、今回は成立したのだと思います。問題は見かけと中身のバランスです。仮に、外国人だとか皇室といったイデオロギー的な「ショー」のことばかりが目立つ場合には、その影で財政規律へ向けた作業が動いていると見たほうが良いと思います。

そうではあるのですが、それこそ公明が連立から出ていったことでも分かるように、財政規律のために福祉をカットするのには猛烈なエネルギーが必要です。ですから、コッソリ進めるという隠密行動に進むのには十分な動機があるのは事実です。例えば、後期高齢者医療制度の自己負担を「現役並みの3割に」するというような施策は、選挙公約にはなかなか馴染みません。

ですが、問題がここまで大きい話になると、完全な隠密行動というのは不可能です。どこかの時点で、世論を説得するという作業が必要です。その場合に問われるのが総理の基本スキルです。他でもありません。党内や議院内の「ヒソヒソ話」におけるコミュ力、威勢のいい「相手への罵倒」で加点できるイデオロギー論争とは違って、有権者に直接語りかける際の「ガチンコのコミュ力」が問われるのです。これを、高市氏がどの程度持ち合わせているのか、まずは本日行われるであろう首班指名と組閣に注目したいと思います。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年10月21日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「『羽田イノベーションシティ』苦戦の原因」「東大法科の卒業生が外資コンサルに流れる件」、人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。

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  • 【Vol.609】冷泉彰彦のプリンストン通信  『政局と対立軸の三角形』(10/21)
  • 【Vol.608】冷泉彰彦のプリンストン通信 『政局大混乱、結局はカネの世界か』(10/14)
  • 【Vol.607】冷泉彰彦のプリンストン通信 『高市早苗氏と地方名望家』(10/7)

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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