衆院予算委員会での「台湾有事は存立危機」発言で、発足早々大きな外交問題を抱えることとなった高市政権。そんな新政権が、内政においても苦しい立場に置かれていることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、高市氏が官房副長官に据えた佐藤啓参院議員が、あろうことか参議院で“事実上の出入り禁止”扱いとなっている現状を紹介するとともに、佐藤氏がかような状況に立たされている理由を詳しく解説。さらに首相がこの事態をどのように解決しうるのか、そのカギを考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市首相に参院の壁。腹心の官房副長官がいまだ“出禁”のワケとは?
内政でも窮地に立たされた高市政権。腹心の官房副長官がいまだ“出禁”のワケ
内閣官房副長官といえば、総理と官房長官を支える官邸中核メンバーだ。その一人、佐藤啓氏が新内閣発足以来ほぼ1か月にわたって、参議院で“出入り禁止”の憂き目にあっている。
佐藤氏は、高市首相とは同じ奈良県選出で、気心知れた間柄だ。参院議員の政務担当副長官として、議院運営委員会などに出席し、官邸と参議院との連絡・調整をはかるのが本来の役どころだ。
その参院から“出禁”を食らったのはほかでもない。いわゆる“裏金議員”であることが原因だ。例の派閥パーティー券をめぐる事件で、政治資金収支報告書に計306万円の不記載があったため、2023年12月には財務大臣政務官を辞任する羽目になった。
それから2年も経っていない。しかも、今夏の参院選は非改選だったため選挙の洗礼を受けていないというのに、高市首相は官房副長官という政権の要職に抜擢した。「温厚にして有能。総理にとっては精神安定剤のような存在」というのが、官邸スタッフたちの佐藤評であるらしい。
ところで、官房副長官人事は事前に国会に伝えられるのが通常である。「佐藤氏ではどうか」と今回も官邸から参院の各党役員に打診があったのだが、真っ先に反対の声をあげたのが立憲民主党で、概ね、以下のような意見だった。
「高市総理は選挙で有権者の信任を得たという理由をもって裏金議員を要職につけているが、佐藤氏は今夏の参院選では非改選のため選挙の洗礼を受けていない。そんな人物を官房副長官にするのは不適当だ」
官房副長官は政務担当2人、事務担当1人の計3人がいて、政務担当には原則として、衆院と参院から1人ずつ議員が起用される。衆院と比べて政権への直接的影響力が弱い参院にとって、参院の声を政府に届ける役割を担ってくれる官房副長官の人事は重要関心事なのである。
立憲の斎藤参院国対委員長は、10月8日まで自民の国対委員長だった石井準一・参院幹事長と対応を話し合った。議運などで政府側の代表として座る官房副長官は、一方で参院の慣行や運営を守ってくれる存在でもある。「裏金議員は認められない」。それが一致した見解だった。
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聞く耳を持たぬ首相が毀損した「参院の独自性」
石井氏は苦しい立場だ。高市首相がやろうとしている人事に真っ向から反対するのは憚られる。それでも意見は言わねばならない。報道によると、石井氏は「もし強行した場合は国会運営に支障が出かねない」と複数ルートで官邸に伝えたそうである。
だが高市首相は聞く耳持たず、佐藤氏を官房副長官に任命した。石井氏はメンツをつぶされた格好になった。参院の某自民幹部は「院の独自性が損なわれる」と嘆息したという。
「参院の独自性」。よく出てくる言葉である。「良識の府」とも言われる。“常在戦場”の衆院とくらべ、より中長期的な視点を持って政治活動を行えるからだ。要は、衆院とは選挙の仕方が違う。任期が6年で、解散がない。少なくともその間、与野党とも同じ顔ぶれだから、自然、協調的になる。
しかし、「良識の府」はもはや過去の話で、官邸支配と自民党党本部への力の集中が強まった第2次安倍政権以降、「参院の衆院化」批判や「参院不要論」が高まっているのも事実。だからこそ、参院としては裏金問題に対して強い倫理観を示す必要があるということなのだろう。
高市内閣がスタートした翌日の10月22日、佐藤氏の人事に対する野党の反発はさっそく表面化した。野党国対委員長会談にのぞんだ後、立憲の斎藤参院国対委員長は記者団にこう語った。
「官邸と参議院のパイプ役、連絡調整役として本当にふさわしいのかどうか。こういうような人事がなされたことは遺憾に思います」
「当面の間、お越しをいただくのは控えた方がよい」
その後、議員運営委員会へ佐藤氏が出席するのを拒否する野党の総意が伝えられ、与党側もこれを了承した。このため、議運における政府提出法案の説明は、衆院議員の尾崎正直官房副長官が代行した。参院本会議で行われた代表質問でも、佐藤氏の陪席は認められなかった。
それにしても、参院自民党はもっと佐藤氏を擁護してもよさそうなものである。野党の意向に流されているように見えるのはなぜなのだろうか。時事通信の記事(11月4日)に以下のような指摘がある。
佐藤氏は旧安倍派元幹部の世耕弘成衆院議員とも近い。このため世耕氏と旧茂木派出身の石井氏の不仲が今回の事態に影響しているとの見方もある。
たしかに、安倍政権時代に参院幹事長として勢威を誇っていた世耕氏を、“裏金問題”についての参考人招致に引っ張り出したさい、それを主導したのは、現参院幹事長である石井氏だった。しかし、それだけで説明できるほどコトは単純ではない。
一強といわれた安倍政権下なら、官房副長官人事に今回ほど冷淡な態度はとれなかっただろう。参院幹事長は安倍派5人衆の一人、世耕氏だったし、今井秘書官や萩生田光一氏といった強権の実行部隊がにらみをきかせていた。
少数与党の今、事情は全く違う。参院幹事長である石井氏は野党と仲違いするわけにはいかない。議運で野党側にそっぽを向かれたら、日程協議が進まず、委員会審議が空転し、政権が窮地に陥るのは火を見るより明らかだ。石井氏が官邸に佐藤氏の副長官起用を考え直すよう進言した主な理由はそこにある。
高市首相とて、少数与党での国会運営を参院幹事長の調整力に頼らざるを得ないはずだ。にもかかわらず、石井氏の意見を受け入れずに人事を強行し、石井氏は面目を潰された形になった。
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出禁を解くには「魔法の答弁」を紡ぎだすしかない首相
かつて「参院のドン」と呼ばれた政治家がいた。与党が参院で過半数割れした“ねじれ国会”で抜群の政治力を発揮した青木幹雄氏だ。石井氏は青木氏が率いた旧参院平成研のメンバーだった。青木氏のようにはなれないにしても、野党幹部と上手につき合って、政権に協力していきたいという思いは強いだろう。
高市首相はどのようにこの問題の解決を図るつもりなのだろうか。このままの状態が続くようなら、今後、官房副長官と参院幹部が連携して野党と話し合い、スムーズな審議を進めることが難しくなる恐れがある。いつまでも“代打”に頼るわけにはいかない。
さりとて今から人事を白紙に戻すと、マスメディアの餌食になり、高市首相の失点として喧伝される。なにより、“強い首相”を望む高市支持者をがっかりさせるだろう。
佐藤氏を官房副長官ポストに置いたまま、参院の“出禁”を解くには、「魔法の答弁」を高市首相が紡ぎだすしかないのかもしれない。参院側の怒りのもとは、裏金問題云々というより「参院への配慮に欠けた人事」と受け取ったことにある。高市首相が“参院の独自性”にどれだけ寄り添うことができるかが、解決のカギとなりそうだ。
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image by: 参議院議員 佐藤 啓(さとうけい) - Home | Facebook