議会制民主主義は日本を救ったのか?福澤諭吉と昭和史から考える政治の限界

 

●政党同士の争いが発端で軍部が暴走する

しかし昭和に入って、この統帥権を濫用して、軍部が独走を始めます。

そのきっかけを作ったのが、「政党政治」なのです。

昭和5(1930)年のロンドン海軍軍縮条約の締結の際のことです。

ロンドン海軍軍縮会議というのは、日米英仏伊の五カ国が、海軍の保有艦を制限することにより、軍縮をしようという条約です。

この条約を政府が締結したとき、政権与党は民政会でした。

当時、野党だった政友会は、今の野党と同じように、政府に少しでもつけ入るすきがあれば、徹底的に糾弾するということを行なっていました。

そして、この軍縮条約も、そういうくだらない政争の道具に使われてしまったのです。

政友会の犬養毅総裁などが「政府が勝手に軍縮条約を締結したのは統帥権の干犯である」として追及したのです。

「日本の陸海軍というのは、天皇に直属するものであり、政府が勝手に軍縮を決めてしまうのはおかしい」という論法でした。

政友会としては、それほど深謀術数があったわけではなく、野党の習性として、「いつも政府を攻撃する材料を探している」というだけの話だったのです。

しかし、この統帥権問題に飛びついたのは、軍部です。

当時、軍縮により予算を削られてきた軍部は、ここぞとばかりに「統帥権問題」を取り上げるようになりました。

ロンドン軍縮条約は、世論の後押しもあり、結局は調印にこぎつけましたが、これ以降、「統帥権」というものが大きくクローズアップされることになりました。

軍部は、政府が軍に干渉するごとに、「統帥権の干犯」だとしてこれを退けるようになったのです。

これは政党政治の自殺行為だといえます。

軍をコントロールしなければならないはずの政治家自らが、「軍は犯すべからず」などと言いだしたからです。

これが非常に危険なことであることは、当時の人々も気づいていました。

たとえば、東京朝日新聞では、「醜態さらした政友会は正道に還れ」というタイトルの記事(昭和5年9月18日)で、政友会が自ら政党政治の首を絞めていることを激しく非難しています。

現在の政党同士の足の引っ張り合いを見るにつけ、筆者は昭和初期の政治の混乱をどうしても連想してしまいます。

だからといって、議会制度を否定するとか、独裁政権がいいなどと言っているわけではありません。

現在の国民生活をおざなりにした政治制度を見直し、根本的な改善策を考える時期なのではないかということです。

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