あまりに深すぎる立憲・公明が衆院選で受けた傷
167もあった「中道」の議席は49に減少した。うち公明出身が28人。全員が比例単独にまわり、予定通りに当選した。ところが、立憲出身者は比例名簿の上位を公明に明け渡したため、当選は21人を数えるのみ。
小沢一郎氏や枝野幸男氏、岡田克也氏、安住淳共同幹事長ら大物議員が次々と落選し、選挙区で当選したのは小川淳也氏(香川1区)、泉健太氏(京都3区)、野田佳彦氏(千葉14区)、階猛氏(岩手1区)ら7人だけという惨状だ。
野田共同代表は語る。
「これだけの大敗を喫したのは、私の責任が極めて大きい。万死に値する」
「長年に渡って苦楽をともにしてきた同志が落選をしたり、将来本当に有望だと思っていた若手も届かなかったり、まさに痛恨の極みであります」
かつて、安倍晋三自民党総裁との党首討論でいきなり衆院解散を表明し、民主党政権を崩壊させた張本人が、こんどは、負けを恐れ新党に飛び乗ったがために、困難の中から枝野幸男氏の立ち上げた立憲民主党を壊滅の危機にさらしているのである。落選した枝野氏の心情が思いやられる。
むろん、立憲が立憲として選挙にのぞんでも、かなり多くの議席を減らしていたに違いない。しかし、24年の衆院選で148人の当選者を出した政党が21人に減るなどとは、常識では考えられない。
そもそも、自民党がこれほどに圧勝できたのは、ずっと敵対関係にあった政党どうしの“野合”によって、立憲の存在意義が曖昧になったことが根本的な原因だ。
裏金や統一教会問題で自民党に嫌気がさしていた有権者が、反自民の受け皿として選んだのが24年の衆院選で議席を大幅に増やした立憲だった。その立憲が、宗教支配のイメージの強い公明と合流して新党をつくる。しかも公明は地方レベルではまだ自民党とつながっているらしい。安保法制に反対し、自公政権を批判してきた立憲支持層のなかに、裏切られた思いで他党に流れていった人々が多かったことは容易に想像できる。
共同代表である野田佳彦、斉藤鉄夫両氏が辞任を申し出たのは当然のことだ。中道は2月13日に代表選を行い、新たな体制で再出発するというが、釈然としない。ほんとうにこの政党を続けられるのだろうか。
公明出身候補は比例名簿の上位を独占し、全員が当選した。その不公平な扱いへの反発がくすぶる立憲出身者が、どういう姿勢で党運営に関わっていくのか。今後、立憲、公明両党が参院や地方組織でも合流の方向に進むとは思えない。
今回の衆院選で受けた両党の傷はあまりに深い。当面は継続を模索するとしても、やがて分裂し、解散の方向に進むのがむしろ自然ではないか。
抜き打ち的な解散・総選挙で、立憲を崩壊の淵に追いやった高市首相は安倍政権を彷彿とさせる「一強支配」のとば口に立った。もはや連立相手の日本維新の会に気を遣う必要もない。
高市首相から連立入りを求められていた国民民主党は前回と同じ28議席を獲得したが、一夜にして変化した政治状況に戸惑いは隠せない。少数与党相手だったからこそ、「年収103万円の壁」引き上げなどの政策実現を迫る交渉にも力があった。これからは、そうはいかない。野党サイドに軸足を置くのか、飲み込まれるのを覚悟で与党についていくのか、進路選択は難しい。
高市首相は、裏金問題に関わって前回衆院選で非公認とされた旧安倍派の幹部ら43人を公認し、比例重複も容認、そのうち42人が当選した。党内基盤が脆弱といわれていたが、これで旧安倍派の人心を掌握し、“高市派”誕生といえる状況を生み出している。党内の求心力が一気に高まり、唯一の派閥を率いる麻生太郎副総裁の発言力は封じ込められた。
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