高市首相が言わなかった「堅持していく」
こんな背景の中、まるで広島と長崎の「原爆の日」に釘を刺すようなタイミングでの小泉進次郎氏の「タブーなき議論を」という発言。さらには、まるで小泉進次郎氏とLINEでやり取りしてるんじゃないかと疑いたくなるような絶妙な表現の高市早苗首相の広島でのスピーチ。
広島と長崎の「原爆の日」のスピーチで、歴代首相は一貫して「日本は非核三原則を堅持して行く」と述べるのがお約束でした。世界唯一の戦争被爆国でありながら、アメリカの顔色をうかがって「核兵器禁止条約」を批准せず、それどころかオブザーバー参加すらせず、未だに日本はアメリカの植民地なのかと疑いたくなるような腰抜けぶりを披露して来たので、せめてもの国家としての体裁が、この「日本は非核三原則を堅持して行く」でした。
それなのに、嗚呼それなのに、それなのに‥‥というわけで、今回のスピーチで高市首相は、歴代首相とは微妙に表現を変えて、次のように述べました。
「わが国は非核三原則を堅持しており、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」
これは最初から最後まですべてが単なる「現状説明」であって、今後のことについては何も言っていません。あの安倍晋三首相でさえも就任中は常に「非核三原則を堅持しつつ、国際社会の取り組みを主導して行く」と言っていたのに、高市首相は「今後も非核三原則を堅持して行く」とは一言も言わなかったのです。
ま、昔から「非核三原則は邪魔」と言い放ち、特に「持ち込ませず」という項目は見直すべきだと主張して来たのが高市首相なのです。2年前の2024年に産経新聞出版から刊行した自著『国力研究~日本列島を、強く豊かに。』の中でも「非核三原則は邪魔」「安保3文書から削除すべき」などと声高に主張しています。
何しろ高市首相は、初当選した翌年の1994年10月12日の衆院予算委員会で、先の大戦について「侵略戦争」を「謝罪」した村山富市首相に対して、どこかのキャバレーのお姉さんみたいな真っ赤なスーツで「勝手に謝っては困る!」と食って掛かったのです。それどころか、翌年1995年3月16日の衆院外務委員会では、いわゆる「不戦決議」に関する質疑の中で、こんなことを真顔で言ったのです。
「(私は)当時の戦争の当事者とは言えない世代ですから、戦争の反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」
所詮はこんな人なのです。だから、広島に原爆が落とされたことも、長崎に原爆が落とされたことも、高市首相にとっては「自分が生まれる前の話」であって、自分には無関係なのです。今の自分に必要なのは、アメリカの核兵器を日本に持ち込めるようにすること、そのために邪魔な「非核三原則」を骨抜きにすることなのです。
水面下でのアメリカからの命令通りに、日本にも米軍が「戦術核」を搭載した短距離ミサイルを持ち込めるようにするため、以前から「邪魔だ、邪魔だ」と思っていた「非核三原則」の「持ち込ませず」を見直したい。それが高市首相の現在の最優先課題なのです。もちろん、この項目をザックリと削除することは不可能なので、日本維新の会のための「副首都構想」を強引に通した時のように、例によってテイのいい付帯を利用するとあたしは読んでいます。
たとえば「日本人の生命と財産を守るために同盟国の核兵器が必要と判断された場合」などという特例を付帯して、「非核三原則」の「持ち込ませず」を形骸化するのです。もちろん、国民などポテトチップスよりも軽いと思っている高市首相ですから、国会で審議などせず、お得意の「閣議決定」だけで勝手に決めることでしょう。
それにしても、世界唯一の戦争被爆国の首相に「私は戦争の当事者じゃないので反省なんかしてない」と言い切る人物が就任し、今度は日本が他国に向けて核兵器を使おうとするなんて、世も末です。まったく、こんなにイカレた戦争大好きおばさんには、広島市の小学生、柿崎由宇さんと河野和希くんの爪の垢を濃いめにドリップして、たっぷりと飲ませてやりたいです。
(『きっこのメルマガ』2026年8月12日号より一部抜粋・文中敬称略)









