新型コロナウイルスの感染状況について「さざ波」発言をし、内閣官房参与を辞任した高橋洋一氏が、「東京五輪を開催してよかった」とする記事を寄稿したことに対し、自民党の牧原秀樹衆院議員が26日、自身のツイッターを更新。「私もオリンピックは開催して良かったと心から思っています。中止を声高に主張されていた方は今どういうお気持ちなのでしょうか、と少し気になります」とツイートし、炎上している。自分たちの英断が東京五輪の盛り上がりを導いたといわんばかりの言葉に、「お前たちのおかげじゃない、選手たちの活躍のおかげ」など、批判が殺到している。
「五輪で支持率回復」目論み外れる菅政権の稚拙ぶり
槇原議員は高橋氏の記事に賛同する形でツイッターを更新。しかし、SNSでは「医療現場で同じこと言えるのか?」「人命軽視の議員さんですね」「あまりにも発言が薄っぺらい」「選手の活躍はお前の手柄じゃない」「感染拡大で医療が逼迫しているのによくそんなことが言えるな」などの声が相次ぎ、大炎上している。
オリンピック後の解散総選挙が迫る中、自民党関係者も困惑。「これでは選挙に勝てない」「すべてが逆風」と頭を抱えている。
日本のメダルラッシュが続き、盛り上がりを見せる中、菅政権の支持率は沈んだまま。直近の各社世論調査では下落に歯止めがかからない状態で、政権発足以来最低の数字を記録している。
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「東京五輪が始まれば支持率も回復するだろう」という甘い目論みはすでに崩壊し、厳しい現実を国民から叩きつけられている。与党内には衆院選前に総裁選を実施したいとする声も上がっているという。
日本に最初の金メダルをもたらした柔道男子60キロ級の高藤直寿に“直電”をするなど、何とか五輪を支持率浮揚のきっかけにしたい菅首相に対し、一切口を閉じてしまったのが安倍前首相だ。
安倍氏は招待されていた開会式を欠席しただけでなく、自身のツイッターも更新をストップ。安倍マリオにまでなってはしゃいでいたにもかかわらず、東京五輪にいっさい言及することなく、なぜかダンマリを決め込んでいる。
そんな安倍氏に対して、ネットでは「安倍さんが五輪から逃げ出した」「さすが安倍さん、無能だけど自己保身能力だけはズバぬけて高い」と揶揄する声が上がっている。
安倍氏がすっかり雲隠れしてしまったのも、東京五輪にわざわざ自分から火の粉を浴びに行くことはないと、危険を察知したからだといえそうだ。
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世界から批判される大会運営側のお粗末な対応
たしかに東京五輪は盛り上がりを見せているが、それは選手たちの活躍があるからで、そもそも自民党や菅首相の手柄ではない。すなわち、“五輪開催で支持率回復”のシナリオには無理があった。
というのも、国内外からは大会運営に関してさまざまな疑問や批判が出ており、東京五輪そのものを称賛する声は少ない。
開会式直前には小山田圭吾氏や小林賢太郎氏などの辞任などが相次ぎ、ゴタゴタぶりを世界に露呈。自民党や五輪関係の“利権仲間”はわざわざ火に油を注ぐ行為を繰り返した。
また、酷暑の中で行われる過密競技スケジュールや選手村の不備などに海外メディアから批判が殺到。熱中症で倒れる選手や、嘔吐する選手が続出するなどし、「日本のオリンピック組織は天候について嘘をついた。そして今アスリートが代償を払っている」とまで言われる始末だ。
選手の活躍で東京五輪は成功しているように見えるが、大会運営に関しては不備ばかりが目立ち、世界ではそうした一面がバレてしまっている。
そんな中、政府やJOCは選手に対する誹謗中傷について、厳しい対応をしていく方針を示した。
五輪開幕後、主に敗退した選手らを誹謗中傷する書き込みがインターネットやSNS上に増えており、本人から被害届が出れば捜査機関が対応するとしている。いわば言論統制に乗り出した形だ。
さまざまな問題が噴出する中、何とか東京五輪を成功させ、それをアピールすることで支持率の回復につなげたい菅首相。
26日に発売された月刊誌「Hanada」のインタビューの中で、菅首相は「専門家の意見や客観的な数値を見て、国民の命と健康を守りながら開催することは可能だと判断した。この判断には自信があった」とし、五輪開催は間違いではなかったとの考えを示した。
月刊誌「Hanada」の花田紀凱氏といえば、ホロコーストを否定する内容の記事を掲載したことでユダヤ人団体から抗議を受け、自主廃刊に追い込まれた“マルコポーロ事件”で知られる人物。
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出版業界では有名な話ではあるが、インタビューを受ける際、菅首相は特に気にすることはなかったのだろうか?日本人選手が活躍を続ける中、東京五輪に水を差すようなことにならないことを望む。