あの中島聡が「当時は時価総額世界一」のNTTをたった1年間で辞めた衝撃の理由

20250709nakajima_eye
 

時価総額世界一を誇っていたNTTを、入社わずか1年足らずで辞めてマイクロソフトに転職する——当時、周囲の誰もが「正気か」と思ったはずです。しかしその決断は、結果として大正解でした。なぜエリートコースを自ら捨て、無名のベンチャーに飛び込んだのか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で著名エンジニア・投資家の中島聡さんが、NTT研究所での幻滅体験と、情熱に従って動いた転職の真相を赤裸々に語っています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

なぜ、私は当時「時価総額世界一」だったNTTを辞めたのか?

先日、とあるインタビューで、なぜ私がNTTを辞めてマイクロソフトに転職したかを尋ねられました。この質問は過去に何度もされたことがあるので、大体言うことは決まっていますが(プログラミングが大好きだったから)、いつも「ちゃんと説明できていない」と感じています。ちゃんと話すと長くなってしまうからです。

そこで今回は、この場を借りて、その前後の経緯から説明したいと思います。

そのためには、私が「NTTに入った理由」から説明しなければなりません。これまで正直に言うことはためらってきましたが、その大半は「エリート意識」でした。

私は高校から早稲田大学の附属(早稲田大学高等学院)で、成績も良かったので、希望の(理工学部の)電子通信学科に入ることができました。ギリギリまで物理学科とどちらにするかを悩んだのですが、その頃にはプログラミングにすっかりハマっていたので、半導体とかコンピュータの勉強をしたいと考えたのです(その頃の早稲田大学には情報学科はありませんでした)。

高等学院は必要な単位さえ取ることが出来れば、早稲田大学に入学できますが、成績に応じて、入れる学部や学科が決まります。当時、最も入るのが難しかった(=成績が良くなければ入れなかった)のが、理工学部の物理学科と電子通信学科だったのです。

理系の勉強をしたいことは決まっていましたが、「せっかく良い成績を持っていたのだから、その2つの学科のどちらかに入らなければ勿体無い」と感じ、結果として電子工学科を選んだのです。

修士課程を修了してNTTに入ったのも、同様の理由です。就職先の相談を教授とした時に、確かに「研究所」という響きには憧れていましたが、「君の成績ならばNTTの研究所に入れる」と言われたことがNTTを選んだ理由です。私の学科は、当時ひく手数多で、パナソニック、東芝、日立、NEC、ソニー、IBMなどの企業に望めば簡単に採用してもらえる時代でしたが、NTTの研究所だけは、成績の良い学生しか入れなかったのです。

つまり、電子通信学科を選んだのも、NTTの研究所を選んだのも「成績が良い学生しか入れないから」という下世話なエリート意識によるものだったのです。

ちなみに、学生時代、私はアスキー出版でアルバイトをしていましたが、就職先にアスキーを選ぶことは考えてもいませんでした。当時は、「一流大学を卒業して、一部上場企業に入る」のが常識だったので、アスキー出版のような無名のベンチャー企業に就職することは、「レールからわざわざ外れる」行動だったのです。

ただ、アスキーが総代理店を務めていた米国のマイクロソフトには一目置いていました。しばしば日本を訪れていたビル・ゲイツには何度か会い、ソフトウェアに関してのディスカッションも(カタコトの英語で)していたので、やたらと賢く、凄いエンジニアだと一目置いていました。アスキー出版に入る気には全くなれませんでしたが、米国のマイクロソフトなら働いても良いと、心のどこかで感じていたとも思います。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • あの中島聡が「当時は時価総額世界一」のNTTをたった1年間で辞めた衝撃の理由
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け