在留外国人数が過去最多を更新するなか、日本では外国人の受け入れや共生のあり方をめぐる議論が広がっています。『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、著者で健康社会学者の河合薫さんが外国人政策の現状や海外の取り組みを踏まえ、日本人と外国人が「隣人」として共に暮らす社会のあり方について考えます。
「管理」でいいのか? 共に暮らす「隣人」であれ
出入国在留管理庁は10月16日、2026年6月末の在留外国人数が428万1026人となり、過去最多を更新したと発表しました。
2025年末から15万5631人(3.8%)増え、総人口の約3.5%で、国籍別では中国、ベトナム、韓国の順となっています。
改めて「過去最高」と聞くと、確かに増えたなぁと実感します。
しかし、増えたといっても日本の総人口のたった約3.5%です。主要先進国の中では依然として低い水準です。
それにもかかわらず、数年前の「ようこそ!日本へ! ようこそ!日本企業へ!」という空気は、不満や反発に一変し、強硬な外国人政策や排外的な言説が勢いを増しているのは、残念と言うほかありません。
そもそも「外国人が増えた=治安悪化」と指摘する人たちがいますが、実際のデータを見ればそのイメージは必ずしも事実とは言えません。
外国人の刑法犯検挙人員のピークは2005年の1万4786人です。それ以降は在留外国人が201万人から377万人にほぼ倍増したにもかかわらず、検挙人員は減少しています。
2024年の検挙人員は1万464人と、ピーク時より約3割も少ないのです。
しかも、外国人による刑法犯の7割近くは窃盗であり、凶悪犯は全体の2%弱にすぎない。さらには、日本では入国時に厳格な審査が行われるので、制度をすり抜けるのは極めて難しいのです。そういった現実を踏まえずに、一部の、たまたま起きた事例、イメージが先行し、排除や過度な締め付けへ走る社会のあり方には深い疑問をいだかずにはいられません。
海外に目を向けると、たとえば「多文化主義」を掲げるカナダでは言語習得や統合プログラムを自治体主導で提供し、ドイツでも過去の分断の反発から市民権取得に向けた「統合コース」を体系化するなど、制度として「共に生きる基盤」を整えてきました。
これらの試行錯誤が示しているのは、単なる排除ではなく「いかに地域社会の対等な構成員として育むか」という環境整備の大切さです。
かたや日本はどうでしょうか。
「日本に来たんだから、日本のやり方に迷惑かけないでよ!」といわんばかりの管理や、ルールの厳格化が進められています。国は「秩序ある共生社会」を謳いますが、日本人はすべて「秩序」があると断言できるのでしょうか。国籍に関係なく、ルールを守らない人はいます。
外国人の中に「守らない人」がいるとすれば、それは「守らない」ではなく、「知らなかった人」。「隣人」として、地域が寄り添い、教えてあげるだけでいいはずです。
それに、「外国人=税金を払ってない」と思い込んでいる人がいますが、日本で暮らす外国人には、日本人同様に納税の義務があり、主に所得税と住民税は納めています。
どうして、同じ時代に同じ地域で生きる「隣人」として、温かく寄り添うことができないのでしょうか。残念でなりません。
「日本には見えない鎖国がある」ーーという日本に住む外国人の知人の言葉に激しいショックを受けたこともあります。
ルールや言葉の壁を溶かすのは、その国の「人」です。「隣人」です。多様な人たちがいる社会は実に豊かです。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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