コロナ自粛の影響を大きく受けた百貨店業界。デパ地下「入場規制」でさらに苦境を強いられていますが、意外にも新しい試みや構造改革が成功して回復の兆しが見えてきています。瀕死だった百貨店の余命は、現状あとどれくらいなのか?大手4社(三越伊勢丹/高島屋/J.フロント リテイリング/エイチ・ツー・オー リテイリング)の業績と将来性を分析します。
プロフィール:馬渕 磨理子(まぶち まりこ)
京都大学公共政策大学院、修士過程を修了。フィスコ企業リサーチレポーターとして、個別銘柄の分析を行う。認定テクニカルアナリスト(CMTA®)。全国各地で登壇、日経CNBC出演、プレジデント、SPA!など多数メディア掲載の実績を持つ。また、ベンチャー企業でマーケティング・未上場企業のアナリスト業務を担当するパラレルキャリア。大学時代は国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞。
Twitter:https://twitter.com/marikomabuchi
コロナ直撃!百貨店業界・大手4社の余命は?
コロナの改善が見えない状況のなか、さらに「デパ地下」入場規制などが始まり、百貨店業界は苦境を強いられています。
昨年、百貨店業界の体力は「あと、何年持つのか」についての試算データをまとめました。本稿では、改めて百貨店・大手4社(三越伊勢丹/高島屋/J.フロント リテイリング/エイチ・ツー・オー リテイリング)の現状の赤字額と現預金をもとに、耐えうる体力を試算します。
残されている体力(現金預金)は?
百貨店各社はあと、どれくらいもつのでしょうか。
コロナで営業自粛を余儀なくされた2021年2月期・3月期の各社決算をもとに試算しました。最悪期であった時期をもとに試算することで、これ以上の数字の悪化は見込めないと考えています。
昨年12月に同様の試算データを私、馬渕自身が作成してメディアで発表しています。当時は、売上総利益と販管費から、1カ月あたりの営業損益を計算しました。
試算の前提は「7割経済」。売上総利益は、コロナ以前の3割減の7割とします。一方、コストである販管費はそのまま3割減とすることは難しいため、2割減の8割としました。
これと、最新の中間決算の現金預金を用いることで、あとどのくらいで現金預金が枯渇するかを計算しました。そのデータが以下になります。
昨年12月時点では各社の余命は、以下の通りとなっていました。
三越伊勢丹:2年4カ月
高島屋:14年2カ月
J. フロント リテイリング:黒字
エイチ・ツー・オー リテイリング:19カ月
そこから、21年3月期・2月期の決算をもとに現状を再度試算し、アップデートした数字が以下になります。
21年3月期(2月期)時点では各社の余命は、以下の通りとなっています。
三越伊勢丹:5年9カ月
高島屋:8年
J. フロント リテイリング:5年3カ月
エイチ・ツー・オー リテイリング:11年5カ月
厳しい環境下で経営状況が改善している
前回と今回の試算データを見比べることで、各社が試算通り販管費の削減を進めてきたことが確認できます。
例えば、三越伊勢丹は、月に16億円の赤字を予想していましたが、実際は14億円の赤字に抑えています。エイチ・ツー・オー リテイリングは、月に14億を予想していましたが、こちらも3.6億円に抑えています。
百貨店は休業要請でコロナのダメージの大きいイメージがありますが、現金預金と営業赤字の数字を比較すれば、この先1~2年以内に破綻するような企業はないことになります。
前回の試算で最も厳しい状況であった三越伊勢丹は、余命2年4カ月から、現状では余命5年9カ月と体力が復活していることが確認できます。
つまり、むしろ厳しい環境下の中で、経営状況が改善していることが伺えます。
Next: 構造改革に成功!オンライン通販に活路を見出した三越伊勢丹
三越伊勢丹はどうやって販管費を抑えたのか?
では、三越伊勢丹はどうやって販管費を抑えたのでしょうか。
その答えは、構造改革を徹底し、人件費の削減、広告宣伝費はデジタル化する等で大幅に削減したことです。
人件費の圧縮は痛みの伴うものでしたが、それによって19年度は販管費3,180億円あったものを、20年度時点で324億円の削減に成功して、2,739億円にまで圧縮しました。その後、21年度も継続して削減を行っています。
オンライン事業ほか新しい試みに成功
そして、オンライン事業の成長がありました。昨年度のオンライン事業の売上高は315億円を達成し、当初の計画であった250億円を大幅に上回る数字に着地しています。
今後はオンライン事業の売上高500億円を目指すなど、この先の「収益の柱」の1つに成長しそうです。
そのほか、小売ビジネスモデルの革新を手掛けており、20年度に三越日本橋店新館6階・7階でオープンしたビックカメラの売上は堅調です。
三越伊勢丹の決算資料によれば、日本は総人口が減少する中でも、年収1,000万円超人口は増加傾向であり、その層の取り込みに成功しているようです。コロナ禍においても、ロイヤリティの高い顧客の売上の戻りは堅調であるとのこと。
これらを踏まえると、上質な商品、体験、接客を求める富裕層の心を掴んでいる点は、やはり百貨店の強みだと言えます。
三越伊勢丹はこのような改革を行ったことで、前回試算データよりも赤字幅を抑えることができ、かつ、売上総利益も積み上げることができたのです。
今回は、三越伊勢丹を例にとりましたが、他の百貨店も販管費を抑え、オンライン事業の育成やライブコマースの売上を伸ばすなど、様々な施策に取り組んでいます。
リベンジ消費の追い風が待っている?
この先は、特にリベンジ消費の追い風を受けるのが百貨店です。
経済の正常化に伴って、人々の心は消費に向かいます。日本においては「約20兆円の強制貯蓄」が溜まっていることから、ワクチン接種の進捗状況に応じて、サービス業の需要が爆発する可能性を考えておく必要があります。
人の欲望はどこに向かうのか。「リベンジ消費」として回復の兆しが期待される代表格が百貨店、外食、旅行などの業種です。
Next: 「小売りの王様」というプライドを捨てる覚悟ができている
「小売りの王様」というプライドを捨てる覚悟ができている
百貨店業界は、「変化」を先送りにしたことで凋落を招いたと言われていました。
しかし、歴史をさかのぼれば、イノベーターだった時代があるのです。『関西学院経済学研究』47号に掲載されている濱名伸氏の論文「近代日本における百貨店の誕生」に百貨店のルーツが記述されています。
江戸時代の呉服屋は見本を持って得意先を回るか、商品を得意先に持ち込む形で売り上げを立てていました。当時の支払はお盆と年末の2回という売掛の方式であったことから、回収リスクや金利分を商品価格に反映されてしまい、消費者に届く値段が高くなっていました。
そこで、越後屋(現在の三越)が「店前売り」「現金掛値なし」のビジネスモデルを導入したのです。その結果、いい商品が手頃な価格で消費者の手に届くようになり、大衆消費の花が開きました。このように小売りの革命を起こしてきたのが、百貨店なのです。
今回のコロナを通して、百貨店は新しい取り組みや構造改革を進めています。ここから先、百貨店のもつDNAの底力で、自らを改革して立ち上がってほしいところです。
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2021年9月9日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による