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トレーダーを惑わせる「2つのランダム」 アルゴ取引は決定論の夢を見るか?=田渕直也

ランダム性の中にはトレードの期待リターンをプラスにする術は存在しません。トレーダーは市場の非効率的な部分、つまりランダムではない動きに注目していかなければならないのですが、そこに行く前に今少し、市場の効率性とそれによって生じるランダム性を考えてみます。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

【関連】トレーダーの利益の源泉~効率的市場仮説の「つけ入る隙」を考える=田渕直也

長期的なトレードの成功に極めて重要な「ランダム」を理解する

簡単なようで奥が深い「ランダム」という概念

そもそもランダムというのは、簡単なように見えてとても奥深い概念です。

ランダムは、サイコロを振って1~6のいずれかの目が出るというような偶発的な現象です。我々の身近にいくらでも見られるありふれたものですよね。全然奥深くないじゃないか、と思われる方も多いかもしれません。

でも、ランダムがなぜ、どのようにランダムなのかはとても難しい問題なのです。

ちょっと原理的というか、哲学的な話になるかもしれませんが、その点についてあらかじめ断っておくと、実は偉大な投資家や金融の専門家には哲学論争が好きな人がとても多いのです。

ロバート・ルービンアラン・グリーンスパンもそうですし、ヘッジファンドの帝王ジョージ・ソロスに至っては、本当は哲学者になりたかったと言っているほどです。物事の本質に対する探究心が旺盛ということでしょうね。

「見せかけのランダム」と「真のランダム」

さて、ランダムについてですが、ランダムには実は二種類あります。見せかけのランダム真のランダムです。

「見せかけのランダム」は、サイコロの目がまさにそうですね。サイコロの材質や重心、空気抵抗、サイコロを振りだすときのスピードや角度、サイコロが落ちる台の反発力や摩擦など、ありとあらゆるすべての情報を厳密に知り、すべてを考慮に入れた精密な計算を瞬間的に行うことできれば、実際に目が出る前にそれが分かるはずです。

現実の人間には、そんなことは不可能なので、人にとってはサイコロの目はランダムにしか決まらないのですが、もし全知全能の存在がいれば、それはランダムではなく予測可能ということになるはずです。

これができるのが「ラプラスの悪魔」と呼ばれる架空の存在です。

Next: ラプラスの悪魔でも未来は予測できない/「真のランダム」の存在



ラプラスの悪魔でも未来は予測できない

人間は、物事を因果関係によって認識するように進化してきました。因果関係を抽出する能力は、人間が人間たる所以ともいえる根本的な能力の一つともいえます。ですが、そのために因果関係によらない現象をうまく理解することができないのです。そして、ランダムは因果関係のない現象です。

そこで人間は、本当にランダムなものなど存在しない、自分は無理でもラプラスの悪魔ならばすべてを見通せるはずだと考えるわけです。

その考えを突き詰めると、すべての現象は因果関係によって決まり、したがって将来のことはすでに決まっていて、すべての因果関係をたどることさえできれば将来を完全に見通せるようになるということになります。これが、いわゆる決定論と言われるものです。

この決定論的感覚はとにもかくにも非常に強力で、すべての人間に本能的に組み込まれています。私などはこれが、予見不可能なことも何とか予測しようともがく人の性につながっていると考えています。

でも、この決定論的感覚は、有益であったとしても、正しいものとは言えません。たとえ、この世界が見せかけのランダムさによって構成されていたとしても、現実の人間には決してすべてを予測することなどできないのです。

「真のランダム」の存在

さらにいうと、世界の根本には、見せかけではなく、本当の意味での真のランダムさが存在すると、最近では考えられるようになってきています。

それが、量子論です。詳しい話は省略しますが、量子論はこの世界のすべての物理現象の根幹を解き明かす理論です。その理論の正しさは数多くの実験によって非常に高い精度で確認されていますが、同時に、人間の直感的な理解を阻むような不可解で神秘的な性質を持っています。

その量子論の中心的な概念として、波動関数の収縮(※1)と呼ばれる決定論では決して記述できないものが登場します。これは、物質が、我々が認識する物質としてふるまううえで欠かせない現象で、それが「真のランダムさ」によるものだと考えなければうまく説明ができないのです。

もっとも、波動関数の収縮が何なのか、どのようなメカニズムで起きるのかは全くわかっていません。つまり、真のランダムさは、本当のところ誰にも理解できない現象といえます。

(※1)量子論では、物質もエネルギーも波動として捉えられます。それがなぜかはともかく、そう考えることで、ほぼすべての物理現象が説明できるのです。ただし、我々がいま目にしているPCやスマホの画面は確固たる物質で、波動なんかではありませんよね。これは本来の波動が収縮した状態であると、量子論では考えるわけです。実は、この波動関数の収縮そのものを見かけ上の現象とする解釈もあります。ただし、現実に我々が認識している世界は波動関数が収縮した状態なので、いずれにしても何らかの非決定論的なメカニズムがないと現実の世界が存在することの説明がつかないことになります。

ちょっと専門的な話を長々としてしまいました。ここで言いたかったことは、「世界の根本には、ラプラスの悪魔でも絶対に予測できない真のランダム性が存在している」ということです。

Next: アルゴ取引は「見かけ上のランダム」に勝つ?/もっと厄介な問題



アルゴリズム取引は「見かけ上のランダム」に打ち勝つ?

見かけ上のランダムについては、未来に、とてつもない認識能力と計算能力を兼ね備えた人工知能が生まれれば、ある程度はその範囲が狭まることになるでしょう。

市場の大口注文の動向を瞬時に察知して短期的な相場変動を先回りして捉えるような、すでに実用化されている超高速アルゴリズム・トレードなどは、こうした見かけ上のランダムさを少しだけ克服する試みといえるかもしれません。

でも、現時点で想定できる範囲でいえば、近未来においても見かけ上のランダムの大半はやはり予測不能なままでしょうし、真のランダムについては、どれだけ技術が進化したとしても、決して予測可能にはなりえません。

だから、将来のすべてを予測しようなどというのは絶対に不可能であり、そもそもが間違った発想であるということになるのです。

ランダム性にまつわるもっと厄介な問題

さて、ランダムという概念は実はよくわからないのだという話に加えて、ランダム性にまつわるさらに厄介な問題があります。

それは、ランダムな現象を見せられても、人はそれをランダムだとは思わないということです。

100匹のダーツ投げのうまいサルにファンドを運用させれば、何匹かのサルはとても素晴らしい成績を上げるはずということでした。それはもちろん偶然によるもののはずですが、実際にそれを目のあたりにすると、人は必ず何とも言えない神秘的な気持ちを、多少なりとも抱くはずです。

サルならまだしも、これが高学歴で、人もうらやむ高年収を誇るファンドマネジャーならなおさらです。

100人ファンドマネジャーがいれば、偶然の作用だけでも、とても素晴らしい成績を上げるファンドマネジャーが何人かは現れます。サルのときと同じですね。でも、今度はほぼ間違いなく、人は「彼らは相場に勝つ方法を知っている優れたファンドマネジャーなのだ」と思うわけです。

偶然というものは、ときとして、劇的で明白な結果を生み出します。ところが、人はどうしても偶然だけでそうした結果が起きるとは考えられないのですね。

簡単な例として、コイン投げを考えてみましょう。人は、コイン投げ(表を○、裏を×とする)をして、

○○○○○×××××

という結果は起きるはずがなく、

○××○××○○×○

なら、ありそうだと感じます。後者のバラバラで取り留めなく、劇的でも明白でもないものがランダムのイメージなのです。でも、実際にはどちらのパターンも生じる確率は同じです。

Next: チャートに「意味」を見出すトレーダー/ランダム性の認知バイアス



株価チャートに「意味」を見出すトレーダー

人は、株式相場のチャートを見ていると、そこに様々な意味を感じます。上昇トレンドだ(その理由は○○だ)、下落トレンドだ(その理由は××だ)、上昇トレンドから下落トレンドに切り替わった(その理由は△△だ)、もみ合い相場から抜け出した(その理由は□□だ)、などなど、決してそれらが偶然に生じたものだなどとは思いません。

でも、コンピューターでランダムウォークのシミュレーションをしてみると、現実の株式相場のチャートとそっくりなパターンがいくらでも出てきます。

上昇トレンドも、下落トレンドも、トレンドの切り替わりも、ありとあらゆるチャートパターンが偶然だけでも、つまり理由もなく、形成されるのです。

ランダムウォークは、バラバラで取り留めなく、劇的でも明白でもないものでは決してありません。でも、人は劇的で明白な結果が生じると、それをどうしても偶然によるものだとは感じられないというわけです。

ランダム性の認知バイアス

このことは、とても重要な帰結を招きます。それは、

・人は、ランダム性の影響を必ず過少評価する

そして、その結果として、

・ランダム性の影響は、人が感じるよりも必ず大きい

ということです。

ランダム性はプラスの期待リターンを生みませんが、そのランダム性を理解することは、プラスの期待リターンがどこに潜んでいるかを考えるうえでとても重要です。

相場変動におけるランダム性の影響が思っているより大きいとしたら、相場の予測は思っている以上に困難であることを意味します。そしてトレードで合理的に利益を上げられる余地は、人が感じるよりもわずかということになります。

だから、本当にランダムではないものを、絞り込んでいかなくてはいけません。

Next: 実力か偶然か?長期的なトレードの成功を得るために



実力か偶然か?長期的なトレードの成功を得るために

もう一つ、トレードの成功も(もちろん、失敗も)、おそらくは自分で思っている以上に、自分のおかげ(自分のせい)というよりも偶然によるもののはずです。この点も、結構重要なポイントです。

なんだか身もふたもない話をしているように感じられるかもしれませんが、私はこの点を理解することが長期的なトレードの成功にとって極めて重要なポイントだと思っています。


※田渕直也さんのその他の記事は、無料・有料作品を記事単位で読めるサービス『mine(マイン)』で連載されています。興味のある方はぜひこの機会に講読をお願いいたします。

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