楽天グループは携帯電話事業に参入したことで、大きな赤字を計上しています。楽天モバイルはいつ黒字化するのか。多くの投資家にとっての関心事であると思いますが、黒字化を急ぎすぎることは長期の目線で考えると必ずしも良いことではありません。楽天の厳しい現状について解説します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
楽天は大赤字
2021年度の決算が発表されました。
売り上げは少しづつ増えているのですが、それに対して赤字はどんどん大きくなっています。
要因の1つは設備投資負担です。
楽天は自ら基地局を作っていて、全国に幅広く作らなければなりませんから、そこに数千億円の投資が必要となります。
その減価償却費が費用の増分となっています。
楽天モバイルは無料会員であったり、有料であっても通信料は1ギガまで0円といったように、ライトユーザーであればほとんどお金を払わなくてもいいようなサービスとなっています。
そして、楽天自身の通信網だけでは賄うことができず、KDDIの回線で補っています(ローミング)。
もちろんKDDIの回線を使った分は楽天がお金を払わなければならず、その費用も年間で4,000億円レベルで発生しています。
以上はモバイル事業の話ですが、楽天というと、楽天市場や楽天トラベルなど様々なネットサービスをやっていて、それらは比較的順調に黒字をあげています。
トータルで見るとこうなっています。
青の棒グラフが売り上げ高ですが、順調に右肩上がりとなっています。
しかし、営業利益である赤の折れ線グラフは、モバイル事業に本格参入した2019年12月期にガクンと減り、翌年には赤字、2021年度も赤字という、目もあてられない状況となっています。
一部には物流投資もありますが、この赤字はほぼ全てモバイル事業の赤字であり、これをいかに黒字化するかが楽天にとっての至上命題となっています。
楽天モバイルの赤字の要因は以下のものがあります。
・設備投資による減価償却:830億円/年
・KDDIへのローミング費用:1,000億円以上/年
・無料プラン:残存約120万回線
設備投資に関しては基地局の整備が進み、人口カバー率が96%を達成したということで、やがてこの減価償却費も減ってくると想定されます。
基地局の整備に伴い、KDDIの回線を使う必要が無くなり、2022年4月以降順次契約を終了していくということです。
無料プランもやがて終了し有料化して収益も上がっていくと思われます。
これらの赤字要因は時を経るごとに解消していくでしょう。
Next: 三木谷氏が言う「爆速黒字化」は実現するか?あまり急ぐと弊害も…
三木谷氏が言う「爆速黒字化」は実現するか?
三木谷氏もインタビューで「爆速黒字化」と言っていて、2022年4月期が赤字のピークで、その後費用は減り利益が増え、2023年度には単月黒字化すると言っています。
楽天がモバイル事業に参入した時点で収支が厳しいことは分かっていたことで、他のネット事業で利益を出しているのだからそこまで黒字化を急ぐ必要はないのではないかという向きもありましたが、一方でお尻に火が付いている状況もあります。
2021年に第三者割当増資を行っています。
資本を入れたのが日本郵便と中国のテンセントです。
それから外貨建て永久劣後債(返済期限が無く普通の債権より後に返済する)を約3000億円発行しています。
第三者割当増資や劣後債を発行しなければならないということは、自己資本比率が下がっている、つまりお金が無いという状況なのです。
今までのネット系の事業はお金をかけないでやってこれましたが、物理的な基地局への投資を行わなければならず、急にお金が無くなってしまったという状況です。
これを解消するために、資金調達の多様化と言っていますが、外部資本を受け入れたり、楽天銀行や投資先をIPOさせようとしています。
ところが、楽天はS&Pから「BB+」という格付けをされてしまいました。
債券の評価としてBBB以上が推奨されるのですが、財務状況やキャッシュフローが芳しくなく、信用が低いと評価されたため、お金を借りたり債権を発行したりするのが難しくなりつつあります。
今後、モバイル事業はもちろんのこと、それ以外の事業にも影響を及ぼしかねない状況です。
「財務」か「顧客」か
この状況を脱却するためには楽天モバイルの黒字化を急がなければならないのは当然なのですが、それが楽天の将来にとって望ましいかというと疑問があります。
黒字化を急ぐことによる弊害もあるのです。
ローミングを終了するとその費用が無くなって収支は改善するのですが、その分つながりにくくなります。
人口カバー率96%といっても、どこでも96%つながるというわけではなく、楽天はプラチナバンドと呼ばれる帯域を持っていないので、建物の中や地下街なんかでは使いにくくなります。
KDDIのローミングが無くなると、メインの携帯として楽天を持つのは厳しいということになりかねません。
設備投資に関しても、コストをかけずに行おうとするあまり、設備が不十分でつながりにくかったりまったくつながらなくなる事故が起こったりして、顧客の不満がたまることも考えられます。
また、今いる会員への値上げも黒字化には手っ取り早いですが、そもそも安さでひきつけていた顧客が離れてしまう懸念があります。
楽天モバイルだけではなくグループ全体としてもお金が無いので、楽天ポイントの付与率を下げようという動きもあります。
こうして、楽天モバイルの黒字化を急ぐことによって楽天グループ全体の顧客離れが起こる可能性があるのです。
Next: 客離れが一気に進む?楽天ポイント「改悪」の影響
客離れが一気に進む?
一時的に楽天モバイルが黒字化したとしても、今まで築き上げてきた楽天経済圏の価値が低下し、将来にわたって繁栄し続けるのが難しくなる可能性があります。
さらに、楽天シンフォニーで通信の仮想化技術を使って低コストで通信網を提供する実験を行っていて、その仕組みを海外の通信キャリアに販売しようと目論んでいるのですが、楽天自体が通信であまりうまくいっていないとなると、その商品を買う会社がなかなか現れなくなります。
将来の芽を摘むことになりかねないので、黒字化を急ぐことは懸命ではないと思います。
一方で財務が厳しいことも確かなので、かなり難しい局面に立たされているという状況です。
ローミングの終了は一部で行われていて、建物内でつながりにくくなったという評判もすでに出てきています。
2022年4月からローミングが順次終了していくということで、これが楽天モバイルの評判の分水嶺となるかもしれません。
楽天ポイントに関しても改悪が進んでいます。
総じて、『財務改善』と『顧客満足』という両立が難しい局面に立たされているということです。
Next: モバイル進出は吉か凶か。9月のプラチナバンド再割り当てが分水嶺に
モバイル参入で”茨の道”へ
今後の大きな分かれ道として、2022年9月のプラチナバンドの再割り当てがあります。
今はドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社がプラチナバンドを持っていますが、総務省によって割り当てなおすということです。
ここで楽天がプラチナバンドを取ることができれば、つながりにくいという問題は解消すると思われますが、万が一取れなかった場合、つながりにくいままで加入者も増えてこないということになります。
株価を見てみますと、この5年間、株価はほぼ上がっていません。
モバイル参入前の2018年12月期の最高益に対するPERは約10倍と、ネット系の企業ではかなり割安な水準となっています。
一方でモバイル事業に参入したことで、赤字はもちろんですが価値破壊が起こり、ポイントを引き下げなければならないなど楽天経済圏に悪影響が及んでいる現状です。
このまま財務的に先が見えないということになると、すでに楽天銀行のIPOの準備をしているということですが、それ以外の例えば楽天証券や楽天トラベルの事業の売却など、解体のシナリオも見えてくる可能性もあります。
目下ではプラチナバンドの獲得を目指していますが、それは最低条件であり、つながるようになったからといってすべてが良くなるというわけではなく、料金以外のメリットを見出していかなければなかなか収支は改善していかないと思われます。
楽天はモバイル事業に参入したことで”いばらの道”まっしぐらという状況です。
逆に、売り上げ高は順調に伸びているので、モバイル事業にさえ参入していなければ株価はどんどん伸びていたのではないかと思えるほどです。
なぜモバイル事業に参入したのか?
では、なぜ楽天はモバイル事業に参入したのでしょうか。
利益が見込めるからというのが普通ですが、今の状況が楽天にとって有利とは思えません。
楽天の手法としてライバルより低価格で入ってシェアを取っていくというものがありますが、低価格で利益を出すためには規模を取ることが必要になります。
ほとんどの人がスマホを持っている状態でその回線を移行させるというのは相当な労力が要ります。
コストを下げてシェアを取ろうというのであれば、回線は他社から借りて契約は安くするというMVNOで良かったのではないかとも考えられます。
楽天シンフォニーの通信の仮想化の仕組みを外国の通信キャリアに売れば数千億円単位の売り上げが出ると期待されていて、それが楽天モバイルの黒字化のウルトラCになるのではないかとも思えますが、モバイル事業参入の時点でその戦略が見えていたようには思えず、後付け感は否めません。
モバイル事業自体ではそれほど利益は出せなくても、それ以外の事業に拡大できるのであれば参入する意義があります。
通信契約の顧客情報をマーケティングなどに使えるのではないかという見方もありますが、楽天会員は国内ですでに1億人を超えていて、大量の顧客情報を持っている状態です。
ここから拡大する余地は限定的であり、合理的な戦略とは言えません。
楽天経済圏のクロスセルということもあるのでしょうが、それには多額のコストのかかるモバイル事業でなくてもよかったのではないかと思われます。
少しビジネスからは離れた話になりますが、三木谷さんは菅元総理が官房長官時代に仲が良かったようです。楽天がモバイル事業に参入することで大手キャリアの通信料を下げさせようとしたのではないかという風に見えます。
ところが菅さんは総理大臣に就任すると早々に大手キャリアに通信料金を引き下げさせようとしました。それによってアハモなどが誕生し、当時攻勢をかけていた楽天モバイルにとっては厳しくなってしまいました。
梯子を外されたということです。
そもそも楽天が通信の免許を取れたのは菅さんの後押しがあってのことだと思いますが、今となっては梨の礫となっています。
Next: 孫正義氏に憧れた?楽天が赤字事業に手を出したワケ
ソフトバンクの背中を追って
そして最大の理由として考えられるのは、ソフトバンクの孫正義社長への憧れだと思います。
楽天はこれまでもソフトバンクの真似をしてきました。
携帯事業への参入もいつか達成したいと思っていたのではないかと想像ができます。
そこに経済的合理性があったかというと、それは二の次だったかもしれません。合理的に考えると、楽天モバイルが楽天を地獄に引きずり込むという見方もできるわけです。
もちろん、これから楽天ががんばって利益を上げていく可能性もあります。
しかし、投資家として今の板挟みの状態の楽天に投資をするのは、リスクとリターンの関係でリーズナブルではないと考えるところです。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
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『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2022年2月20日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。