日本のメディアの報道では、自由主義と専制国家との戦いというような、分かりやすい図式での解説が用意されている。そして、事実と、「かつての帝国復活をめざすロシア」というような観測とが混在しているために、かえって実情が見えにくくなってしまっている。米国内では、ロシアに同情する声も出ているという。ロシア制裁により欧州の天然ガス供給のロシア依存を下げることで、確実に潤うところがあるという見方もある。(『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』矢口新)
※本記事は、矢口新氏のメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』2022年2月28日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。配信済みバックナンバーもすぐ読めます。
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。
米国ではロシアをかばう声が出ている?
ロシア軍がウクライナに侵攻、戦闘は26日までに首都キエフに及んだ。
この侵攻は、ロシアのこれまでの“大義名分”だった「クリミアはソ連時代に同じ国だったウクライナに移管したもの。住民の大半はロシア人」というものや、「東部ウクライナの住民の大半はロシア人。ロシアへの帰属を望んでいる」というものを大きく逸脱するものだ。
これは一歩間違えば、ロシアの西側への拡大の布石とも見なされかねず、世界大戦にもつながりかねない危険な賭けだとも言える。
にもかかわらず、米国には「責任はわたしたちにある」という見方や、「プーチンの対応は自然な反応だ」だとの理解を示す有力者たちがいるという。
その記事を日本版フォーブスから抜粋して紹介する。
ウクライナ危機をめぐって米国の保守派からは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の行動を称賛したり、ロシアの置かれている立場に理解を示したりする声も出ている。
ドナルド・トランプ前大統領は22日、保守系ラジオ番組「ザ・クレイ・トラヴィス&バック・セクストン・ショー」に出演し、プーチンがウクライナ東部の分離派支配地域を国家承認したことを「天才的」と称賛した。プーチンのことを「じつに抜け目のない男だ」とも評した。<中略>
保守派のコメンテーター、キャンディス・オーウェンズも同日のツイートで米国の対応をやり玉に挙げ、米国人はロシアとウクライナで「実際に」起きていることを知るために、プーチンの演説の原稿を読んでみてほしいと呼びかけた。ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟する可能性がロシアの脅威になっているとの認識も示し、「責任はわたしたちにある」とも主張した。
出典:ウクライナ危機、米国の保守派にはロシア擁護論も – Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)(2022年2月25日配信)
東側に拡大してロシアを追い詰めた「NATO」の歴史
ロシアに敵対している米国にいながら、どうしてこのような見方が出てくるのだろうか?
相場では常に、売り手と買い手とが相対しているが、次の動きを少しでも予測したいなら、買い手の自分の見方だけでなく、売り手の事情や意欲をより正確に知る必要がある。
そこで、ソ連崩壊後のNATOとロシアを巡る主な出来事を、ウキペディアを参照に時系列的に並べてみる。
1991年3月:NATOに対抗するワルシャワ条約機構解散。
加盟国:ソ連、ブルガリア、ルーマニア、東ドイツ、ハンガリー、ポーランド、チェコスロバキア、アルバニア(1968年脱退)。
オブザーバー:モンゴル、北朝鮮
1991年3月:NATOにポーランド、ハンガリー、チェコ加盟
1991年12月:ソビエト連邦崩壊により、ロシア連邦が成立
1999年12月:ロシア・ベラルーシ連盟国創設条約が調印
2004年3月:NATOにエストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア加盟
2008年5月:南オセチア紛争が発生。ソ連崩壊後、ロシア初めての対外軍事行動
2009年4月:NATOにクロアチア、アルバニア加盟
2014年2月:ウクライナで親米派による武装クーデター(ウクライナ革命)
2014年3月:ロシア、クリミアを併合
2015年9月:ロシア連邦軍がシリア・アサド政権を支援する直接的な軍事介入
2017年6月:NATOにモンテネグロ加盟
2020年3月:NATOに北マケドニア加盟
NATOは軍事同盟なので、仮想敵国がいる。1991年3月まではワルシャワ条約機構加盟国だったが、以降はソ連、そしてロシアとなった。
時系列で整理するとよく分かるのは、プーチン大統領が対外的な野望を形に移すはるか以前から、NATOが東側に拡大していったことだ。
上記に付け加えるならば、2014年2月の親米政権成立後の2014年5月にバイデン大統領(当時は副大統領)の息子、ハンター・バイデン氏が、ウクライナ最大のガス会社プリスマの役員に就任した。
欧州は天然ガスの供給の4割ほどをロシアに依存している。2014年まではロシアから欧州への供給は、ウクライナのパイプラインを経由し、ロシアは親ロ政権支援もあって、ウクライナに巨額の使用料を支払っていた。
ところが、親米政権成立後は、黒海経由の海底パイプライン、バルト海経由のノルドストリーム・パイプラインを設置してウクライナを迂回、ウクライナの天然ガス収入は大きく低下した。
バルト海経由ではノルドストリーム2が設置されたが、経済制裁のため使用許可は降りない見通しとなった。つまり、ウクライナのガス利権は辛うじて守られることになる。
Next: NATOに追い詰められていたロシアの現実
経済制裁でロシア財政に大ダメージ
以下、CNNの記事を日本語に訳して紹介する。
最も効果的なロシアへの制裁。ドイツは火曜日に、ノルドストリーム2パイプラインの認定を停止した。これは、ウラジーミル・プーチン大統領が東部ウクライナの2つの地域の独立を認め、この分離した領域に軍隊を派遣する命令を下してから、ロシアにこれまでに課せられた経済的、財政的な罰則で最も強力な措置となる。
米国と欧州連合、及び他の西側の同盟諸国もまた限定的な経済制裁を発表した。西側諸国が彼ら自身の軍隊をウクライナに派遣する見込みは少なく、経済制裁がロシア政府を罰し、更なる攻勢を抑止するための最良の手段となっている。
ノルドストリーム2は年間550億立方メートルのガスを供給することができる。これはドイツの年間消費量の50%以上に相当し、パイプラインを管理するロシアの国営企業ガスプロムに150億ドルの利益をもたらすものだ。
SWIFTから排除された国の前例がある。イランの銀行が2012年に、同国の核開発プログラムに関して、欧州連合によって制裁を受け、接続を外された。
ロシアがSWIFTから排除されると、ロシアの経済は5%落ち込むと、2014年にアレクセイ・クドリン前財務相が試算した。前回、この制裁が検討されたのは、ロシアのクリミア併合に対応してのものだった
※参考:The sanctions that could really hurt Russia – CNN(2022年2月23日配信)
親ロシア派による、ロシアはいつか欧州のパートナーになれるという30年越しの期待は、ロシアのウクライナ侵攻で最初に犠牲になったものの1つだともされている。
フランスのフィヨン元首相は「欧州はNATOの拡大に対するロシアの拒絶感を理解しなかった。それが、危険な対立を招いた」と私見を声明で公表したことで、プーチン大統領をかばうような発言だとして批判を浴びたため、「紛争の責任は、すべてプーチン氏にある」と立場を修正、ロシアの化学企業など2社の取締役を辞任すると表明した。
イタリアのレンツィ元首相、フィンランドのアホ元首相、オーストリアのケルン元首相もロシア企業の取締役辞任を表明した。それぞれ首相退任後、物流や金融企業の取締役に就任し、プーチン政権と欧州政界の深い絆の象徴とみられていた。
ドイツではシュレーダー元首相がロシアの国営石油大手ロスネフチの取締役を務めており、今年の2月初めには、国営ガスプロムの取締役候補に指名された。ガスプロムは、ノルドストリーム2の運営会社である。
※参考:Some, but not all, former European leaders quit Russian boards. – The New York Times(2022年2月24日配信)
NATOに追い詰められていたロシアの現実
一方で、2016年にはルーマニアに米軍のミサイルがモスクワに向けて配備された。2018年にはポーランドにも計画され、2022年中には配備される予定だ。
下記の日経新聞の図解は、今回のロシアの侵攻を、それなりに歴史的な背景を含めて解説している。「かつての帝国復活をめざすロシア」とあるのは、単なる観測なので無視し、事実だけに注目して頂きたい。
※参考:ウクライナ なぜロシアは侵攻したのか – 日本経済新聞
上記の図解でよく分かるが、旧ソ連の構成国だったエストニア、ラトビア、リトアニアも加盟したことで、ポーランド駐在のNATO軍がロシア国境に達することを阻むのはベラルーシとウクライナだけとなった。
ベラルーシはここ何年間か、親ロ政権の腐敗が取り沙汰されているが、ウクライナでも武装クーデター以前には、親ロ政権の腐敗がさかんに取り沙汰されていた。そして、親米派の政権奪取後にはすぐに米欧が新政権を承認した。
プーチン大統領は、安全保障を巡る状況を変えるロシアの試みがすべて無に帰したとして、ウクライナに対する特別軍事作戦を命じる以外に選択肢はなかったと述べた。
また、ウクライナがNATOに加盟すれば、ルーマニアやポーランドで行ったように米軍の最新兵器がロシア国境に並べられるとの危機感も示した。
確かに、クリミア併合に関しては、私もプーチン大統領に選択肢はなかったと見ている。クリミアは1954年まではロシアの領土、今も6割がロシア人で、後の4割はウクライナ人とコサック人だというだけではない。ロシア黒海艦隊の基地があるからだ。
ロシアを仮想敵国とするNATOへの加盟を考えるウクライナ親米政権に、安全保障の要だともいえる海軍基地を残すという選択肢は考えられない。また、2014年のウクライナ革命は武装クーデターだったので、クリミア自治政府の武力制圧もまた正当化されるとしたのだ。
しかし、キエフまでの侵攻は、他に選択肢がなかったとは思えないでいる。
Next: 儲かるのは米国?ロシアのガス供給が止まればどうなるか
儲かるのは米国?ロシアのガス供給が止まればどうなるか
日本のメディアの報道では、自由主義と専制国家との戦いというような、分かりやすい図式での解説が用意されている。そして、事実と、「かつての帝国復活をめざすロシア」というような観測とが混在しているために、かえって実情が見えにくくなってしまっている。
しかし、上記のように、欧米の要人たちはどっぷりとロシア企業に、言い換えれば、ロシア利権に関わっている。しかし、ここで旧リーダーたちだけがやり玉に挙げられているのは、現リーダーたちと利害が対立している可能性すらあるのだ。ハンター・バイデン氏を追求したのが、選挙戦当時のトランプ大統領だったように。
これが示唆しているのは、例えば、ロシア制裁により欧州の天然ガス供給のロシア依存を下げることで、確実に潤うところがあるという可能性だ。
※参考:‘We are a gas superpower.’ Ex-Trump regulator says US natural gas can help Europe – CNN(2022年2月23日配信)
相場では買い手には買い手の事情や意欲があり、売り手には売り手の事情や意欲がある。意欲を伺い知ることは困難かもしれないが、事情は意欲を排除して事実だけを並べて判断すれば、おおよそのことは理解できる。
私はロシア文学をしていた関係で、ロシアにもウクライナにも思い入れがある。両国の衝突には苦い思いがするが、怒りというようなものをどこにぶつけていいかは分からない。双方に深刻な言い分があるからだ。
また、この衝突ではロシアとウクライナの双方が、取り返しがつかないほど傷つくが、そのことで利益を得る国があるようなのだ。
一方、相場に関するならば、ウクライナの他にも深刻な地政学的リスクがある。また、世界の金融政策は13年ぶりに「正常化」に向かっている。それらのことが、今後の相場の方向性に与える影響を知ることは難しいが、ほぼ確実だと言えるのは、上げ・下げのボラティリティが高まるだろうと言うことだ。
その意味では、トレーダーの時代が来ようとしている。
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『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』(2022年2月28日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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